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諸君、私はランダムマッチが好きだ。(完結)
日時: 2012/11/23 13:42
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM

【お知らせ】
20170124T1

 こんにちは、読者諸君。最後のご挨拶になります、少佐です。

 本日をもって、小官は筆を置きたいと思います。理由は、健康上の諸問題やリアルの多忙さ・・・とありきたりな逃亡文句を書けばカッコいいものですが、実のところ、体調の方は頗る元気ですし(おそらく本編完結が影響しているのでしょう)、仕事の方も根を入れねばならない箇所を越え、日々の生活は充実しています。つまるところ、ここで書き続ける魅力が尽きてしまったと形容できましょうか。

 まず感謝を。諸君には四年に渡るご支援をして頂き誠にありがとうございます。諸君による本スレッド及び本編、中編スレッドの閲覧数の増加は、飽き性な小官の尻を叩き、進まない執筆を大いに励ましてくれ、また書くための勇気に繋がりました。諸君がいてこそ、私は小説を書くことが可能でした。本当にありがとうございます。
思えば、四年も昔におっしゃられた、師 絶対零度先生のご助言が、私を魅力的なポケモン王国小説板の世界に呼び寄せてくれました。ともさんもゲレゲレさんもいたあのころは本当に――と、永遠に回顧しても果たして無駄な記述でしょう。私は今を生きています、諸君もそうです。「人は過去の奴隷ではない」と私は多くの作品で繰り返し訴えてきました。私の描いた主人公たちは皆、醜く悲惨な状況に置かれ、時には発狂の寸前まで追い詰められるものの、最後には己の、時には他人の力を借りながら、この前という過酷な現実に立ち向かっています。前を行くためには武器を取り、戦わねばならないのです。
 恐らく工房の頃、悩みを打ち破るために貪るように読んだニーチェの思想が、私の作品という精神の中心に位置しているのでしょう。ニーチェは眼痛や偏頭痛、そして梅毒にまで感染し、健康を蝕まれましたが、この病の渦中に健康への視点を見出すことで、これを乗り越えることに成功します。「病は私を健康にしてくれた」と彼が語るのはそのためです。病を一つの構造として受け入れ、「こうでなければ・・・」「ああなればよかったのに・・・」と低俗なルサンチマン精神に溺れるのではなく、病の中に自らと一致する何事かを発見することを、彼は目指していたのです。人生を必ずしも愛する必要はありませんが、私はこのただの有機体などでは留まらない、小さな泉のように湧き出すような生の力能を愛しています。

 私の去った後に、この荒廃した茶色の砂漠が終わり、来るべき虹色に輝くオアシスへ続くこと願い、この代補、post-scriptumを結ぶとしましょうか。愛すべき大事な諸君に多大な幸をお祈り申し上げます。


少佐


【目次】

(00) 献辞 >>14

(01) 巻頭演説 >>1-12

(02) 登場人物(?)  >>15

(03) プロローグ >>19

(04) "Briefing" >>20-26

(05)  兵士たちの休息  >>27

(06)  サザンドラ >>28

(07)  "Operation Ax"  >>29-34

(08) 少佐、中央へ行く  >>36-42

(09) 負の街  >>43-64

(10) "Ragtime"  >>65-67

(11) "Aкула"   >>68

(12) 道  >>69-71

(13) クルスク大戦車戦 上  >>72-99

(14) クルスク大戦車戦 下  >>105-140

(15) 死者の鎖  >>141-162

(16) -273℃ >>163-183

(17) 砂塵に舞う大義 >>185-195

(18) "Smile You Son of a bitch !!" >>196-200

(19) エピローグ >>201-202

(20) あとがき >>203


【番外編集】

・お正月編 >>35

・VS緑茶さん >>100-104

・Dear My Mienshao >>113

・お知らせアーカイブ >>18

・祝『私はランダムマッチが好きだ』参照X突破!  >>129 >>144 >>169 >>184

・親愛なる読者諸君の声  >>13
メンテ
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Re: 人間なんかに・・・ ( No.180 )
日時: 2015/02/13 00:00:10
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:9oFiXw.6

 「・・・終わりましたね、オノノクス曹長。」

「ああ、そうだな。」

横たわるマンムーの死体を眺めながら、オレは小さく頷いた。
敵はまだ子供だった。15か16そこらのクソガキだった。ソ連軍はこんな少年までも戦場に駆り出すのか。国の未来をやがて担うであろう子供たちを、こんな場所にもってくるとは・・・

「なあ・・・ミロカロス。」

オレは目の前に広がる荒野を眺めながら、背後の彼女に語り掛けた。今のこの表情を見られたくはなかった。

「・・・はい」

少し間をおいて彼女が返事をした。オレの気持ちを察してくれているのか。

「お前は、”いつかこの世界から戦争がなくなると思うか”?
悲しいけど・・・オレは、絶対になくならないと思う。この大戦が終わっても数年、数十年も経てばまた皆笑顔でマウザー(=小銃)を担いで、仲良く殺し合うのだろう。そうだ、『審判の日』が来ようが、大災害が起こって文明の何かもが朽ち果てても、人は木や石を用いて争い続けるんだ・・・」

彼女は何も答えない。オレは続けた。

「もし神さまがいるとするなら――そいつは”サディスト”だ。自分じゃ気づいていないが、革製のベルトが大好きで、他者を痛み付けえるのが何よりの快楽としている、頭が最高に狂った”ヴァカ野郎”だ。
ここ(=戦場)は、本当の地獄だよ。人が人を食い、正義がたやすく捻じ曲げられて、子供や女が弄ばれて殺されていく。
・・・そんな人間しかいないとするなら、誰がこの世界を”肯定”できるっていうんだ?
オレは国に帰っても戦場に背を向けて生きたくはない。そんなオレを見て誰もが”戦争中毒”とか、”国家に従事する優秀な兵士”とか捲し立てるんだろう。
でもな、ここでは銃弾が一発ヘルメットを掠めれば、そんなものはどうでもよくなる。国家社会主義も、共産主義も、ファシズムも八紘一宇も民主主義も、オレにはどうでもいいんだ。
オレが戦うのはな、ミロカロス。お前さんみたいな、国の将来を担う若者を死なせないようにするためだ。死ぬのはオレみたいな年寄りだけでいい。」

灰色の雲が徐々に開けてきた。ふと気づくと、ミロカロスがオレの隣で同じ景色を眺めていた。顔を見合わすと彼女は笑って

「『戦場で一番の栄光は、勲章や武功ではなく生き残ることだ。』と、私の指揮官 ラングカイト少佐は仰っていました。私は貴官を死なせたりしませんよ。貴官は私の命を守ってくださった・・・今度は私が守る番です。その背中に、すべてを任せてもよろしいでしょうか?」

「フッ・・・ああ、任せとけ。」

オレは彼女を優しく抱きしめた。荒野は本当に静かで、何もかもが止まって動いているように感じられた。

「そういやさ、さっきお前さんを抱き上げただろ?結構”重くて”びっくりしたぜ。へへっ」

オレが冗談交じりにそういうと彼女はみるみる顔を真っ赤にして、

「・・・ヴァ、ヴァカ!?何を言っているんですかぁあッ!?」

彼女の”アクアテール”が目にも留まらないスピードで放たれて、にやけているオレを襲った。





突如、敵のリザードンが眩い光につつまれて、そして爆風のような強い風が私たちを襲った。
余りの強さに一瞬だけ怯んだが、すぐに目の前のリザードンを見た。
それは“リザードン”ではなかった。肌の色はオレンジ色から漆黒の色へと変わり、口から炎のようなものを漂わせている。身体中から高温の熱気が放たれて、ユキメノコの死体を一片の欠片もなく、燃やし尽くした。
メガ進化・・・!進化を超越したその進化は分かっていることが非常に少ない。しかし、なぜこの少年兵にこれだけのことが・・・私たちが相手をしている敵の後ろには恐るべきほどの技量と能力を持っている”何か”が潜んでいる。こんな事だけでは終わらない。終わるはずがない。私はそう確信した。

「ちッ、ここでお別れのようです・・・ドリュウズ隊長。お先に逝ってまいります、どうかお元気で!」

「よ、よせェ、フリージオ!」

フリージオはドリュウズと私の前に立ちはだかり、凍える風を打った。そして、攻撃に耐えたリザードンXはフレアドライブで彼を木端微塵に粉砕する。
“彼だった”破片が辺りに舞い散る。キラキラと私たちの目の前で光り、本当に綺麗だった。これが・・・命の輝き・・・なのか?

「クッソ!このクソガキ!!調子に乗るなよ、ぶっ殺してやる!」

ドリュウズは岩雪崩を放った。




至近でフリージオの凍える風を貰ったのは予想もしていないことだった。この技は、威力は小さいものの、くらった相手のすばやさを一段階下降させる特徴を持っている。それに加えて、累積上に積み重なっている今までの戦いの疲労感が、僕の身体を支配し始めていた。

勝算はあるのか――答えはNOだ。

・・・ポケモンなんかに生まれなければよかった。


違う動物に生まれて、父さんや母さんや友達たちと寄り添って助け合い、いつまでも仲良く暮らしていきたかった。


どうして僕たちは争い合うのだろう・・・互いをこんなにも憎悪し、痛みつけ合い、肉片になるまで手をやめないのはなぜだろう。

どうして・・・?
なぜ・・・?


神さまって本当にいるのかな?もしそうであるなら、今の僕の“お願い”を一つだけ叶えてください。お願いします。



こんなクソの掃き溜めのような世界を滅ぼしてください。愛ではなく欺瞞と嘘で満たされて、希望ではなく不条理と矛盾に覆われているこの世界を一片たりとも残さないように、すべてを燃やし尽くしてください。

“地獄”とはこの世界のことです。
狂気とは人の性です。
死んだ後に訪れるのが本当の安寧です・・・だから、皆、生まれ落ちた時に酷く悲しくて、いっぱい泣いて、死ぬその時に、まるで救われたかのように、安らかな表情をして逝って行くのでしょう?
人がつまらないことで互いに罵り殺し合って、狂人と痴呆が幅を利かす、この哀れな阿呆船を木端微塵にぶち壊してください。

こんな世界・・・燃え尽きてしまえ!何もかも燃えて無くなってしまえ!
後悔するためには時間が必要だ――人間やポケモンがそれを悟った時、すべては無となり、灰となり、世界は裁きの業火に包まれて、人々の断末魔の悲鳴が讃美歌の音楽のように深くこだまするのだろう。世界の燃える片が雨のように降り注ぐ、その1が0になる刹那に、死が究極の真理となる。人々は、たとえ恐怖に酔っていなくても、酔っている振りをするのだろう。その『偉大な日』には、大気は恐怖で満たされるのだから――


・・・敵の反撃が始まった。灰色の軍服を着た人間がサブマシンガンを、黒衣を着たドリュウズが岩雪崩を絶妙な角度から撃ってくる。かわす努力をしたが無駄だった。凍える風をもらい、素早さが一段階下がったぼくには避けることが出来なかった
左翼に一発もらい、ボリボリと骨が砕ける音が身体に響く。ああ、僕も、もうすぐ死ぬんだと恐ろしいほどの早いスピードで直感した。

飛行を封じられた身体に無数の岩が向かってくる。

そのあとは、何も見えず、何も感じず、僕は闇に包まれた。
Re: 諸君、私はランダムマッチが好きだ。(本編) ( No.181 )
日時: 2015/02/28 11:41:08
名前: 99 ID:FhmZ8DMY

お宅のチームリーダーが単発板にて他者をからかう文言や草生やし行為をしていて非常に迷惑です。

http://koro-pokemon.com/bbs/trade2/read.cgi?mode=view&no=52248&p=all

http://koro-pokemon.com/bbs/trade2/read.cgi?mode=view&no=52234&p=all

同じチームの一員としてあなたは彼の迷惑行為を止めさせる責任があります。一刻も早く止めさせてください。

あえて上げます。
Re: Older brother and Younger sister. ( No.182 )
日時: 2015/06/07 02:02:03
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:jeR7XYPs

 キィーンと鳴り響く耳鳴りの中で、俺は気を取り戻した。辺りに漂うのは、あの鼻を突くような硝煙の香り・・・
グレネードが爆発する寸前で俺は“バリアー”を張って自分の防御を高めていた。

「親父ぃ・・・親父ぃい!」

熱のせいか、カラカラになってしまった喉を振り絞りながら、俺は“親父”の名を呼んだ。返事はなく、ただ虚しく穿った荒野に俺の声が響くだけだった。

「・・・っ!?」

突然、背後からシャド―ボールが放たれた、が俺は持ち前の特性を活かして回避し、攻撃が飛んで来た方向を見た。
そこには一匹の綺麗なグレイシアがいた。ドイツ軍の武骨な灰色の軍服が不釣り合いなほど、綺麗な子だった。しかし残念だが、殺すしかない。ここはそういうところだ、“親父”にずっとそう教え込まれている。
氷タイプの技しか持っていない俺は腰の弾薬入れからナイフを取り出して口にくわえた。これで十分に殺れるはずだ。
しばらく、どちらも動けない緊張状態が続く。俺は彼女の姿を見て、脳裏にふと思い出したくない過去がよぎるのが分かった。なんだ、この懐かしさは・・・?

「“降伏しなさい、ドイツ軍はソ連軍とは違って捕虜を丁重に扱う。本当です、降伏しないさい。”」

流暢なロシア語はドイツ人特有のニュアンスを捨てている。この子はロシア人だ。そして聞き覚えがある声・・・間違えない。“リューシャ”だ。助けられなかった俺の妹だ。まさか、ドイツ軍に保護されて生きていたのか!?

「リューシャか?リューシャなのか!?」

「・・・嘘・・・にぃ、兄さん?」

俺はナイフを捨てて驚嘆に暮れている彼女に近寄った。さっきまで宿していた殺意はどこへやら、彼女も恐る恐る近づいて、俺たちは同じように変わり果てた、イーブイではない互いの姿をまじまじと見た。こんな美人に変わっちまうなんて・・・俺が知っている幼い時の彼女の面影はもうない。俺は成長した嬉しさと遠くに行ってしまった悲しさがごっちゃになって変な気持ちになってしまった。

「兄さん!」

リューシャは叫ぶなり俺に抱き付いた。俺も彼女に応えて頬を交わしあう――だが、再会を喜ぶ時間は余りにも少なかった。

「・・・この“クソ野郎”、覚悟しろ!」

突然、俺は首根っこを強く掴まれたかと思うと、素早く前の両足を後ろにされ、ズボンのベルトで首と足を拘束された。クソ、ハンターめ。降りてきたのか・・・俺の攻撃で感覚をほぼ失っている右腕は銃帯のストラップにかかっていた。

「少佐サン!彼はワタシの兄なんデス!乱暴にしないでくダサイ!」

リューシャがドイツ語で何かを言っているが俺には分からない。付近にいる傷だらけのコジョンドは俺のことを虫を見るような眼で見つめている。

「・・・・・っつ。すまん、少々頭に血が上っていたみたいだ。
さて、“決着”はついたようだな。」

遠くからこちらに向かってくるいくつもの装甲車の影に俺は今更ながら気が付いた。





「・・・少佐!」

辺りに各方面で戦ってきた私の戦友たちとラングカイトを含め、ヴァ―ラーハインド大隊の各員、また輸送を担当しているライプニッツ装甲師団α分遣隊の歩兵部隊が私の下に集まってきた。皆、一様に服が泥だらけで、そして傷だらけだった。

「状況を確認する――こちら三号車。ライプニッツ装甲師団α分遣隊指揮官 フリードリヒ大尉以下二名が戦死。またキノガッサ伍長が戦死した。分遣隊指揮は臨時にラングカイト少佐が務めてくれ。」

指揮官を失った隊員たちの消沈は激しい。しかし、一々悔やんでいては前進できないのが兵士の矜持である。隊員たちは服装を正し、ラングカイト少佐の方を見て敬礼をした。

「ジャローダ、一号車の報告を。ムウマージを見かけない、どういうことだ?」

「一号車。ヘフテン曹長のサイドンと通信兵のムウマージ軍曹が戦死いたしました・・・以上です。」

ジャローダは伏し目がちに簡潔に状況を述べた。語勢が小さく、声色は悲嘆に満ちていた。ムウマージが戦死したのか・・・

「・・・ご苦労をかけたな、ムウマージ。ゆっくり休め。
二号車、報告を。」

「二号車。ヴェーラーハインド大隊 クチート中隊。戦死者なし、損害も微々。以上です」

「そうか、上々だな、クチート軍曹。・・・ラングカイト、他に報告することはないか。

ラングカイトは首を横に振り、気になっているのであろう、後ろの“彼”をチラチラと見た。

「今日で終わらせよう・・・いや、“終わらせる”。」


私はそういい、後ろを振り返った。
焦げた残骸になり果てた“彼”が私たちを静かに、そして侮蔑の念を込めて眺めていた。

Re: おわりのしらべ ( No.183 )
日時: 2015/09/26 00:00:20
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:x97lghxc

 降り続いていた霰の勢いがようやく静まりをみせ、天から一筋の柔らかい夕陽が永久凍土を貫いていた。

私は降り積もり、そして儚く溶けてゆく霰を踏みしめながら地面に横たわるユキノオーのそばに近づいた。周りの戦友たちは、何も言わず、何も止めずに静かに私を見つめている。

「“許せ”・・・なんてことは言わない、ユキノオー。“許してくれ”なんてもってのほかだ。君は私と、そして私の大隊に復讐する権利がある。」

小さく胸を上下させて、必死に生きようとしているユキノオーに向かって私はそういった。ユキノオーはあの醜く濁った瞳で私をにらみつけ、思わずその眼光の強さに身震いする。

「・・・ゆ、許す・・・ものか。許せる・・・ものか。」

そうだ――私は、私たちは絶対に許されない。私たちがしたことは絶対に許されないことなのだ。私個人が望むと望まないとにかかわらず、私たちは彼らの家族を滅茶苦茶にしてしまった。
逝ったあの日はもう二度と戻ってこない――過ぎ去る時間が癒やしてくれる苦しみなどないのだ。できれば美しい結末を望みたかった。しかし、それは奇跡を待つに他ならない。そんなことはありえない。誰だって、そんなヴァカなことに全人生を賭けたりはしない。私もユキノオーもそうであろう。いつだって、終わりは“死”と“破壊”で幕を閉じる。それを反復することが戦争という理であろう。誰もこの円環から抜け出させない。本当の意味でいう平和などは、いくら待とうともやってはこないのだ。

私は痛みがしみる右手を何とか動かして、銃帯から拳銃を取り出し、ハンマーを起こしてから、こめかみにあてた。
「少佐!」と後ろの方から戦友たちの声が聞えたが左手で静止を促す。

「私が“今”“ここで”君の目の前で自決すれば、私の大隊は許されるのか、ユキノオー。頼む、お願いだから、そうしてはくれないだろうか。」

トリガーにかけている指に力が入る。ユキノオーはそんな私の姿を見てあざ笑うかのように表情を少し緩ませた。

「・・・ヴァカ言うな、ハンター。貴様が死のうが生きようが・・・そんなことは“もう”関係ないのだ・・・そうじゃないのか・・・?
貴様は苦しむのだ・・・貴様が奪い、破壊し、そして辱めた者達のために・・・“軍人は死ぬまで軍人なのだ・・・”」

彼の言葉の一つ一つが、私の胸に強く刺さった。“軍人は死ぬまで軍人”――そうだ、その通りだ。罪人が死ぬまで罪人であるように、私たちは死ぬまで軍人なのだ。戦う理由、戦う意味、大義や意義などそんなものは必要ないのだ。
拳銃のセフティを下にして、ハンマーを安全な位置まで落とした。そして、捕虜になっているグレイと呼ばれているグレイシアに近づき、縄を解いてやった。グレイと戦友たちの表情が一瞬だけ強張る。

「言葉が正しくなかったな。このグレイシアだけは見逃してやる、ユキノオー。それが私の回答だ。」

私がそういうと、ユキノオーは嬉しそうにほほ笑んだ。

「・・・無益な破壊を好まんのだろう、ハンターよ。フッ・・・それも“エースの条件”ではないのか。」

「お、親父ぃ・・・」

グレイは眼いっぱいに涙を浮かべ、その表情を悟られないようにいじらしくも、下を向いていた。17の齢を少し過ぎた彼には辛すぎる。
気づけば、誰もが眼を閉じ、この敵の最後に深い黙祷をささげていた。
なぜだろう・・・仲間が傷つけられ、殺されて、本来憎むべき相手であるはずなのに――私たちの心は憎悪ではなく、“何か”に満たされていた。

「声が・・・聞える・・・兄さんたちの・・・声が・・・もう少し・・・だったのにぃ・・・すまない・・・ごめん・・・」

地に横たわり、天を仰ぐ彼が最後に見た景色とは何だったのか。地に立ち、前を見据えている私たちには分からない。

「“アーメン”・・・」

私は眼を深く閉じ、深いため息をつくようにその言葉を投じた。信仰心など私にはない。ただ、朽ちた敵に投げかける言葉はそれ以外に思い浮かばなかった。

貴様は強敵であった、ユキノオー。










「――АМИНЬ!!」




・・・突然、辺りが暗がり、強力な砂塵が目の前に吹き荒れた。

Re: 嘘つきは少佐の始まり(笑) ( No.184 )
日時: 2015/11/23 01:01:01
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:0r0HYTzc

祝『諸君、私はランダムマッチが好きだ』三周年記念!!

〜少佐×コジョ〜


コジョ「こんばんはァー!読者の皆さん!!昨日は『良い夫婦の日』・・・ということで少佐ぁの幼妻(?)のコジョンドです〜」///

少佐@満面の笑み「(本当に私みたいな男でいいのか、コジョンドよ。私はもちろんオフコースだが、今夜はフヒヒry)・・・(笑)

どうも、読者諸君。こちらのスレではすっかりとご無沙汰しております。三文ライターあらため、嘘つきクソライターの少佐です。寒さが一段と厳しくなってきた今日この頃、諸君はいかがお過ごしかな?
いつもご閲覧ありがとうございます。諸君の温かい眼が私の心を支えてくれます。ところで、コジョンド。今日は――」

コジョ「え・・・あ、はい!今日はですね、少佐ぁがこの小説板で小説を書き始めて三周年を迎える日ですね。でも更新の方が・・・(汗)」オート?

少佐「更新が遅い事は私の古い読者諸君ならだいたい察していただいている・・・タブンネ(汗)」ハッハ

コジョ「九月の下旬からまったく本編の更新が途絶えているんですけど・・・どうしちゃったんですかぁ?何か辛い事でもあるんですか、私で良ければ聞いちゃいますよ〜♪」ジィー?

少佐「・・・そんなに可愛らしい顔で質問されては、答えないといけないじゃないか(笑)
そうだな――断っておくが更新が遅い言いわけではない――自分が想定している以上の事を捉えようとして、現在、筆を悩ませているんだ。特に“歴史”という概念だね、書き始めと今ではまったく異なった捉え方を私はしている。優れた眼を持つ読者諸君なら、感づいているだろうな。
もっとも、ポケモン小説にはそういう難しい概念は必要ないとは思うが、ただ私は“ありきたりなポケモン小説”というのを書きたくはないんだ。三年も書き続けているんだ。三文ライターながら、プライドというものがある。均質化しつつあるゼロ年代文化に対して、何か一矢報えるものを私は筆を置く前に残したい。五年、十年経って、ここを訪れた者が私の小説を読んで、何を考えるか・・・それだけが望みだよ。」フフッ

コジョ(か、かカッコイイ・・・)///

少佐(・・・更新の言い訳としてはなかなかの出来だ(笑))フフッ

コジョ@フラグ建設士「ところで少佐ぁ、この戦争が終わったらデートでもしませんか?私、奮発して、新しいお洋服買っちゃったんですよ〜 デート☆コースなんかも、もう決めちゃったりして・・・」ウフフッ///

少佐「・・・ッ!!?お、おい!コジョンド!それは“フラグ”と言って、戦場では絶対に言ってはいけないry」フラグ?



・ ・ ・ は た し て コ ジ ョ ン ド の 運 命 は 如 何 に ! ? 


〜Coming soon !!〜


Re: Cause dancing in the sand. ( No.185 )
日時: 2015/12/05 18:18:18
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:PB4c0D0s

 「―――АМИНЬ!!」

ユキノオーの焼け焦げた死体が黒色のブーツに踏み潰されて粉々になり、吹き荒れる砂嵐と共に天に舞った。

「―っ!!?」 「ぇ・・・う、嘘でしょ・・・?」 「・・・・・!」

声の主――それはトマロフカで行方不明になり、戦死扱いとなっていたガブリアスだった。
しかし、姿が明らかに違っている。肩幅が広くなり、身体も比例してかなり大きくなって、手が鋭い鎌のような形状に変わっている。だが、確かにその声は私が育て上げたガブリアスのものだ。

「ガブリアスゥ!ガブリアスなのかァ!?」

後ろで待機していたオノノクスが弾みながら問いかける。

「・・・“ゴミ”だ。人は、ポケモンは、くたばれば“ゴミ”になる。ゴミに弔いはいらない・・・そうだろ、オノノクス?」

「お・・・おい。いったいどうしちまったんだ?」

淡々と口にしているすべての言葉がひどく冷めている。まるで唯物論のマルクス主義者のようだ。
グレイシアはじっとガブリアスが踏み潰しているユキノオーであった残骸を睨んでいる。

「が、ガブリアス。“何をされたの”・・・?」

震える声でジャローダが問う。私と同様、認めたくないのだろう、変わり果ててしまった戦友の姿を・・・

「『何を』?
・・・捕縛され、洗脳させられ、メガ進化させられて、哀れにも無理やり祖国に反旗を翻して戦っている。」

作ったような抑揚のない喋り方が、その言葉は彼の本心ではないことを妙実に示していた。

「・・・。ねえ、嘘でしょ?冗談はやめてェ」

「フン、そう答えれば満足なのだろう。なあ、ジャローダ?」

ジャローダはショックのあまり崩れ、永久凍土に身を落とした。

「俺は“俺”として戦っている。誰の命でもない、ただ“一匹“のガブリアスとして貴様らと対峙している。俺は俺自身の殺意をもって、この荒れ狂う砂塵と共に貴様らを葬り去ろうと思う」

シュッ!!という音が聞えたかと思うと、前方にグレイシアが駆け出し、ガブリアスへ向けて突撃をした。その速さは氷の礫を放つあのスピードだ。

「や、やめろ!」

「――殺す!殺す!殺してやるっ!!お前らの友情なんぞ知ったことかァ!知ったことかァアアアア!!」

無数の氷の礫がガブリアスに向けてはなたれ、そして・・・命中した。

「とったぞ!」

「とってない・・・“とられたんだ“」

「なぁ・・・!?」

ガブリアスの姿が幻影として消え、グレイシアは後から撃たれた岩石封じに押しつぶされた。

「っ!!にぃ、兄さんん!!」

反撃をしようとリューシャが身構え、冷凍ビームを放つ・・・が、遅く、後方から突然放たれた電磁砲の餌食になり吹き飛んだ。

「誰も俺の邪魔はできない・・・誰も俺の反逆の邪魔はさせない。」

吹き荒れる砂塵が、彼の背を押しているかのように私の眼には見えた。





 目の前で繰り広げられる現実に、ただオレはあっけにとられていた。
親友のガブリアスが、オレの大切な友達のガブリアスが、今、許すことのできない“敵“としてオレの目の前にいる。


――すれ違った友と敵。


――はき違えた善と悪。


自分の知っている言葉じゃ分からなくて、自分の言葉なんかじゃ伝わらなくて。
そうだ、そうだよ・・・悲しみや苦しみ、喜びなんか意味がないんだ。そういうものを乗り越えた先に広がる何かに生は賭けていくしかないんだ。

拳を強く握りしめたせいか、鋭い爪が手の平に食い込み血が少し出た。オレは後ろにいる少佐に振りむきながら怒鳴った。

「少佐ァ!!オレに命令をくれェ!!命令をよこせ!少佐殿ォ!!」

オレにはもう何が何だか分からなかった。でも、彼に命令をしてもらいたかった。彼の判断に、オレは甘えたかったのだ。
彼は胸ポケットからゆっくりとタバコを取り出し、火をつけ、一口吸うと眼をつぶり、しばらく考えてから、苦笑し、口を開いた。

「ガブリアス・シュナウファーSS少尉・・・いいや、“元”SS少尉か。
かつて君は“バイエルンの亡霊“と恐れられ、弱き兵士を守り、強き兵士を鼓舞し、そして幾多の無力な民間人を軍隊の狂刃から救った。
それが・・・それが何だ、今のその有様は?身も心も“亡霊“となってしまったのか?」

「いいや、少佐。俺は彷徨える霊なのではない。あの死臭と死肉、そしてガソリンの臭いが充満している廃墟で、俺はついに“亡霊“ではなく”悪霊”となった。
調が聞えるか――そう、終わりの調だ。そろそろ決着をつけよう、俺と貴官自身の為にも。」

「・・・いいだろう、そうしようか。
私は私の指揮下の大隊へ命じる。これが最後の命令だ。

『直ちに眼前の敵を撃破し、殲滅せよ!』・・・以上。」

地が割れんばかりの“ヤボール!!“という声が永久凍土に響いた。

Re: Shark in your soul. ( No.186 )
日時: 2015/12/06 15:15:46
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:PB4c0D0s

 南ドイツ バイエルンの山間部の杣道を一人の軍人(トレーナー)と一匹のガブリアスが一緒に歩いていた。夕暮れが近く、辺りに黄昏の夕闇の幕が静かに下りようとしている。

「・・・そうか、行くのか。」

軍人はどこか遠い方を見つめ、息を吐くように小さくつぶやいた。ガブリアスは虚ろな表情をしたまま、その言葉に頷く。

「君にとって、ひどく厳しい、苦渋の決断であるのは確かだろう。私も胸が痛む。」

「どうにかならないのですか!少佐殿!?貴官の口添えでなんとか・・・」

ガブリアスは突然、語気を荒げ、軍人に詰め寄った。軍人は首を振る。それを見てガブリアスは悟った・・・人間とポケモン。所詮、”使うもの”と”使われるもの”同士の関係だ・・・その関係は決して平等ではないのだ。人間の都合で俺たちの一生はいいようにされる。

「どうにかしてやりたい、本当はそうしたいのだ、ガブリアス。しかし、私は突き詰めて考えれば元エリート。今や、中央の嫌われ者だ。一応、恩人の参謀本部第二部本部長 ヴァルト中将に打診してみるが、恐らく、焼けガントルに水だ。軍は党との亀裂を好んでいない。
これが歴史の流れ、節目というものか。だが・・・」

軍人は落ち込んでいるガブリアスの肩を強く叩き、

「道は一つだ。君の道は他の誰でもない、君自身の物だ。君以外、誰が歩むものではない。己の信念に従い、突き進む・・・ただ、それだけだ。」

「しょ、少佐殿・・・・・」

「そう心配するな、ガブリアス!戦場できっとまた会える。君は私が育てた兵士の中で一番優秀だ。次、会う時は階級を越されているかもしれないな。ふふっ」

「・・・・・
・・・ありがとうございます、少佐殿。ありがとうございます」

ガブリアスは涙で軍服を濡らしながら何度も礼を言った。





――目が覚めて、俺は現実に引きずり出された。視界がぼやけて天井が良く見えない。ぼんやりとした意識の中で記憶をたどる。
俺は確かトマロフカ攻略戦に投入されて、そして・・・

「ん?おうよ、気が付いたか、寝坊助さん。」

声が聞えて来た方向を見ると、そこにオリーブ色のソ連軍の軍服を着た男が椅子にゆったりと腰をかけて、ゆらゆらと挑発するかのように、グラスの酒を揺らしていた。
――まさか、敵に捕らわれたのか・・・!?
「きっ、貴様はぁ!!?」

とっさに身体を動かそうとするが、激痛が走りベッドに倒れた。

「まあまあ、落ち着けよ。その身体でやりあちゃ、俺にも勝てやしねぇーぜ。
ほら、お前も飲むか。ロシア人の元気の源、ホット・ウィスキーだ。」

差し出されたグラスを受け取り、一口なめてみる。ほぅーと香ばしいキャラメルとアルコールの風味が口いっぱいに広がり、ゆっくりとのみ込むと喉が焼けるような感覚がした。美味しい・・・テネシー・ウィスキーの代表格、ジャックダニエルか。

「どうして殺さなかった?」

「“殺してほしかった“のか?フフッ・・・」

男はグラスを俺にとられて口がさみしいのか、美味そうにタバコを吸っていた。

「ドイツ軍が一般兵士に支給しているタバコに、ヤチェの葉を使った銘柄があると聞いている。お前さん、それを吸ってからキングドラたちと仲良く殺りあったな?」

そういや、出撃する前にサザンドラから一本、貰ったな。あれか。彼女が俺を守ってくれた。
男はタバコを燻らせ、皮肉な笑みを浮かべて俺の方を睨む。男の眼は真っ黒で、まるでサメのように無機質な眼だった。思わず、背に冷たいものを感じる。

「おーとっと、自己紹介が遅れたな。ガブリアス。俺はデミトリィ・ラスコリニコフ。階級は大佐。お前さんのお名前は?名無しのごんべじゃしまりが悪い。」

「・・・ガブリアス・シュナウファー。階級は少尉。」

「フフッ、“SS少尉“の間違えだろ?お前らの軍服は国防軍なら灰色、SSなら黒衣だ。お前さんの来ている軍服はどこをどう見ても真っ黒だぜ、クソ・ナチの死神部隊。」

「・・・ソ連軍はSSを捕虜には取らない、どうせ殺すつもりであろうとカマをかけたのだ。バレたならもう構わん。すきにしろ」

「言われなくても、すきにさせてもらうさ。フフッ、どうも死にたがりのようだな。死に急ぐことはない。生きるっているのは死ぬってことに毎日前進するようなことだからな。
じゃあそんなお前さんに、一つ質問。お前は、どうして、こうやって一等の設備の病室で、一等美味い酒をごちそうになっている?」

話がまるで見えてこない。回りくどい話し方はロシア語の文法的特徴であるが、この男はワザとドイツ語で同じことを行っている。表面では乱暴な面を演じてはいるが、おそらく・・・膨大な知識と高い知能を持っている。

「あのな、別に俺はお前らに手塩にかけた自慢の部下を殺されたことを、悪く思ってはいない。だからお前も俺たちのことを悪く思わないでほしい・・・俺は本当の事を話している。恨みっこはやめよう、それじゃ“ゲーム”は楽しめない。」

“ゲーム”だと・・・?この大佐、正気か・・・!?
「無理だ、大佐。動けるくらい回復すれば俺は貴様と貴様らに殺された部下の仇を撃つ。今のうちにウォッカ漬けの脳みそを“シャン”としておけ。」

「フフッ、面白いこと言うんだな・・・それはどうしてだ?仲間とか、戦友とか、愛国とかいうわけのわからない柵(=しがらみ)がお前にそうさせるのか?」

「・・・どういう意味だ?」

「質問を質問で返すな、反則だ。
・・・まあよく言われるよ、ガブリアス。よしっ、簡潔に話そう。
俺は戦場で芽生えた友情だとか愛国心だとか、そんなもんは良くできた“レトリック”だと思う。誰しもが心に宿している“孤独“と”絶望”とかいう長く長く、長ーい波長に絶妙に共鳴しているように見せかけるまやかしなんだ。あんな混沌とした素晴らしい場所では、人のまともな営みに期待してはいけないし、国だっていくら税金や人生を貢ごうとも絶対に振りむいちゃーくれない強情な女だろ。
お前は国に身を、心を、そして友を捧げ、挙句、何を得た?――今の惨めなサマと深い闇、暗い絶望じゃないのか?」

「うるさい!黙れェ!!俺は共産主義者の戯言などきかん!!」

返す言葉が見つからず、男の言葉に身体で抵抗するために、力いっぱいベッドから起き上がろうとしたが無駄だった。身体が重く、いうことをきかない。
男はそんな俺を薄気味悪い笑みを浮かべて眺め、タバコの火をつぶした。そして優しく頭を撫でた。

「当ててやろう、あのころのお前は、青春も人生も、コイツに賭けて生きてきたんだろう?それを今頃になって嘘にはしたくない。そんなことをすれば、今までの自分の人生の全部が嘘だらけになってしまう。確実なことなんて、何かもなくなってしまう。」

図星だ、この男の虚言は今の俺の心情そのものじゃないか・・・俺は壁に顔を背けた。

「別に俺は共産主義のユートピアなんぞ信じちゃいないさ、こんな世俗主義に浸かり切った人間が情熱的な共産主義者に見えるか?
すべての人民が等しくあるべき社会だって?・・・あほらしい。1%の金持ちが99%の貧乏人を奴隷にして酷使しているからこそ、今の社会が辛うじて成り立っている。『ある程度の富は自由を生み、長い隷属は富を遠ざける』――プルードンなんて、クソくらえだ。本当の貧乏の中で生まれる苦しみや怒りを、哲学者のみたいなプチブルの頭でっかちくんには理解されてたまるものか。
俺は過去の改革者が夢想した幼稚な絵本のような愚かしいユートピアと対極の位置にあるのが、世界のすべてだと信じている。俺たちの社会では、大多数の凡人には選択の余地が与えられていない。毎日八時間以上働くか、飢えて死ぬかのどちらか、だ。そして搾れるのだけの税金を搾り取って、高い戦車やら航空機、軍艦などを買って戦争おっぱじめて、人口を調節する。そういうことを考えちゃ、金持ちどもが勝手に戦争を拵えて、貧乏人が喜び勇んで銃担いで死んでいくのが世の摂理だと俺は思うぜ。学者や高尚な学説なんていりはしねぇーよ。簡単なことだろ。社会にがんじがらめにされて、皆、恐怖から働き続ける。そこから逃れられる奴なんてどれだけいると思う?
それに、お前が真に歯牙をかけるべきなのは・・・“そういうこと”じゃないのか、ガブリアス?」

耐えきれなくなり、俺は男の腕に噛みついた。首を強く横に降れば簡単に噛みちぎれる、が・・・俺にはどうしてもそれができなかった。

「どうやらお前の中の“サメ”が動き出したようだ・・・”これ”が見たかった。」

俺は口を離し、俯いた。大佐は痛がる様子も手当をする様子もなく、項垂れている俺を嬉しそうな表情で眺め、次のタバコに火をつけていた。「・・・一本いるか、落ち着くぜ?」と聞かれたが首を振って断った。

「痛みとは・・・それ自体だけでは常に十分とは言えないね、人やポケモンは時として死ぬ限界ギリギリまで痛みに耐えられることが出来る。ポーランドのレジスタンスであれ、ユーゴのパルチザンであれ、ロシアの赤軍兵士であれ、ドイツの兵隊であれ・・・拷問によるどんな苦痛が彼らを痛みつけようと、彼らは“大義”の殉教者として死ぬこと望んでいるから、そんなヴァカなことがおいそれと出来る。
でもなァ、どんな人間にとっても耐えがたいものが必ず存在する。考えるだけで恐ろしいものがな。勇気や臆病は関係ない。高いところから真っ逆さまに落ちるときにロープをグイッと掴むことは臆病でも何でもないだろ?深い水の底から這い上がってきたとき、肺一杯に空気を吸おうとするのは“本能”だ。
つまり、そういう行動とは、単にどうにも抗うことのできない“本能”として理解できるな。
それは人間の俺にとっても、ポケモンのお前にとっても、事は同じだよ。だからお前はそのような状況に置かれた時に自ずとお前自身が求められていることをやらざるをえなくなる。」

ふぅーと薄い煙を吐きながら話し続ける大佐の口調は、まるで俺の心を見透かすように静かで、そして力強いものだった。心理学者を軍人に仕立てればこんな男になるのだろう。俺は、心が優しく強姦されていくような感じがした。

「善良な市民様は良く俺のことを“サメ”だとか、“化け物”だとか言いやがるんだ。フッ、あながちウソじゃーないが、実に腹立たしいねぇえ・・・
なぜなら、お前ら自身も“サメ”であり“化け物”であるからだ。俺もお前も、そして善良な市民様も、心のうちでヴァカデカい人食いザメを飼いならしているんだ。
本当は、他人のことなんて一切気にしちゃいない。強い魚が弱い魚を食べるように、強い人間が弱い人間を食い物にする。それが海と陸が共通して持っている理だ。誰も傷つけないで生き残れると思うのか?誰も殺さずに生き残れると思うのか?ヴァカ言っちゃーいけないよ、誰しも少なからず人を食いもんにしながら生きながらえている。根本にあるのはそれが間接的であるか、間接的ではないかだ。サメとどっこいどっこいだろう。

“怒れよ”、俺は分かるぜ、お前さんの気持ちが痛い程分かる。本当は“悔しかった”んじゃないのか。戦場でどれほどの武功を建てようと、戦友にどれだけ賞賛されようと、己の内にしまっていた心だけは何も満たされず、ただただ傷が爛れていくばかりだった。お前のひびの入ったノイローゼがそう訴えているぜ?本当は殺したくなんかなかった。国家の大義名分や偉大な壮大なる歴史の一ページ、崇高なイデオロギーなんて胡散臭い三文小説を必至こいて読み込んでいる、無知で無能な恥知らずな人間とポケモン共が憎かった。
内なる胸にしまっていた“サメ”を大海に放て、そのかけるべき歯牙をそのものへ向けよ・・・俺の命令は以上だ、ガブリアス。」

火をつぶし、大佐はその言葉とベッドの脇に一つの綺麗な水晶を残して、病室から出て行った。

残された言葉と水晶の意味を考えてみた。



――俺の進むべき道は一つしかなかった。

Re: Ghost, Flames, Ash. ( No.187 )
日時: 2015/12/07 08:08:09
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:/oxYBlnw

 「素晴らしいッ!貴官はやはり俺が仕えるに値するトレーナーだった!!」

“メガ・ガブリアス”が嬉しそうにそう叫ぶのと同時に、


――よく言った、『ハンター』!ハゲだなんて思って悪かった、二度と言わんぞ。


と、彼の後方から同じように嬉しそうな声が辺りに響いた。


――今、お前はようやく俺の敵となった。素晴らしい程、狂おしい程、愛おしい程の恩敵に!フッハハッハァ!
声は徐々に大きくなり、しばらくするとその発信源が見えた。それは大きなスピーカーを持ったエルレイドからだった。表情は無表情の仮面を貫き、砂嵐の痛みを何とも感じていないようだ。


「あのエルレイド!ゴルーグを殺したヤツか!」

ドリュウズが包帯だらけの身体を震わせて、今にも飛び掛かりそうな勢いで叫ぶ。私は状況を見極めるために、彼に静止を促した。


――戦争が運命のキャタピラをかき乱して未来を狂わせた。もう何が起こるかわからないほどに、もうどちらに転ぶかわからないほどに!
・・・来いよ、遊ぼうぜ!!


狂人が興奮気味に喋るドイツ語のニュアンスは、クルスクで聞いたそれと完全に異なっていた。どうやら相当お勉強をしたようだな、それほどまでに私と話したいのか?
大佐の声を聴き、エルレイドはまるでアドロンのホテルマンのように、腕を腰につけ、手を右に差し出した。どうやら「来い」と言っているみたいだ。


――供回りを連れていけ、できるだけ信用置けるやつを頼むぜ。こっちはホームの利点を持っているし、いろいろと仕込んでいる。早々にやられるなんて冗談が過ぎる。


言われなくてもそうする。私は大隊のポケモンたちを見た。ジャローダは悲嘆に暮れて、十分に戦えそうではない。オノノクスは親友を取り戻そうとここで戦うつもりだ。よくボディ・ガードを任せているドリュウズにしようとしたが、彼の怪我は治りきっておらず、しかも、状況的にこの砂嵐下で戦う方が特性を活かせる。となると・・・

「コジョンド、私と一緒について来てくれ。大隊の指揮はラングカイト、君がとるんだ。」

私はコジョンドとラングカイトにそういった。「はい!」と「おうよ!」という元気のいい返事が返ってくる。よしよし、ここは頼んだぞ、戦友たちよ
私はコジョンドを連れ、エルレイドの近くまで来た。遠すぎて見えていなかった血まみれた軍服が目に入るなり、私は何か嫌な予感がした。エルレイドはテレポートの技を使い、一瞬、眩暈がするような感覚が私を襲い、視界が飛んだ。

この世界のすべてはこの白とあの黒が交差するチェス盤。人間もポケモンも、男女をも問わず、すべてはこれの駒に過ぎない。戦はボード上の駒同士が繰り広げる死の舞踏だ。私も彼も、幾多の駒を取っては取られた。もう残っている手数は互いに少ない。
終局は一マイルほど近くに見えている。オポジション――どちらかが相手のキングを取るか。これでエンドゲームだ、ラスコリニコフ。





 「リューシャ!」

私たちは電磁砲に吹き飛ばされたリューシャのもとに駆け寄った。特殊耐久がそこそこある彼女でも、あの一撃は重く、傷薬を取り出したときにはもう遅かった。華奢な身体に不釣り合いな大きさの銃創が痛ましく、ズタズタに張り裂けた空洞が、覗いている私たちを覗き返していた。
・・・“まだ”彼女は死ぬべきじゃなかった。横たわっている幼い死体を眺めながら、ふとそんなことを思う。部隊にいる年少のミロカロスは、顔を背けて大地に嘔吐していた。
いや、そんなことが起きるのが戦場なのか。女の子であろうが、男の子であろうが、関係ない。曖昧な“大義”の下で人を殺す、それだけのことなのだ。
悲しみと同時に別の感情が私の心を支配した。この感情・・・そうだ、私が最初に敵を撃った時に芽生えたものだ。仲間から褒められ、隊を守ったと喜ばれたあの時、初めて己が異質ではなく、孤独ではないと感じられた。私は珍しい色違いで、人はまるでクチートを見る眼ではなく、異世界に属するものを見るような眼で私の事を見ていたのだが、その時は違った。私は、彼らと、皆と同じように“ポケモン”なのだ。傷つけ合い、血を流すたびにそう確信した。“私たちポケモン”は殺し合うために生まれてきた。
「ちっ!シュバイネルゥ」とミィこが吐き捨てるのと同時に、突然、上空から熱風が襲いかかってきた。

「・・・オレたちが相手になるぜ、お嬢さん方!」

咄嗟に撃ったミロカロスのハイドロポンプが、熱風をかき消して何とか無事にやり過ごした。声が聞えた寒空を睨むとそこには、ニタニタと楽しそうに笑っているトゲキッスと、鱗粉をパラパラと汚く羽ばたかせているウルガモスが、私たちをナメた眼で見下していた。

「ロトムとマンムーが手こずったってこの相手ね、トゲキッス。早い事片づけたいわ、いつも戦法で行きましょう。」

言うが早いか、トゲキッスの熱風がくりだされた。同じ技・・・?何か企んでいるに違いない。

「ミロカロス!」

私がそう叫ぶとミロカロスは頷き、ハイドロポンプを撃ったが・・・熱風の勢いは止まらなく、そして大きく幅を広げながら徐々に私たちに近づいてくる。クソ!?なぜだ?

「姉様、“あの蛾野郎”だ!」

ミィこが叫び、寒空に指をさした。指し示す方を見るとウルガモスが“暴風”を放っており、送られ続ける酸素は熱風の火力と範囲を底上げしていた。
凶暴な熱風が私たちを襲い、熱気が辺りに吹き荒れて、大地に生えたコケのすべてを焼き尽くした・・・が、私たちは無傷である。それを見て相手は驚きとも、信じられないとも取れる表情を浮かべている。こんなことで落ちるようでは、とうの昔に死んでいる。ギルガルドのキングシールドが私たちを守っていた。フフッ、私の部隊はあなたたちが考えている程、柔じゃないし、それにしつこいわよ。よしっ、反撃だ!

「あらー、“野郎”じゃないわ、“女”よ。失礼しちゃうわ・・・あなたから先に落としてあげる。」

「そいつは無理な話だぜ、保母さんよぉ」

中指を立てながらミィこが嘲笑するのと同時に、オンバーンが追い風を起こして、背後から押される風に私たちは乗った。強力な風に支援されたことで、ギルガルドのバトルスイッチが入り、シールドフォルムからブレードフォルムに変わって、トゲキッスにラスターカノンの照準が向けられる。

「ゲハッハハアハハ!!ぶっ殺してやらァー!!」

彼はフォルムが変わると人格も変わってしまう。まったく、個性が溢れる部下ばかりを持ったものだ。

――その時、敵の前方からリューシャを撃ったのと同じ電磁砲が放たれ、完全に浮足が立っていたギルガルドに直撃した。彼は私の後方に吹き飛び、その強力な衝撃波が頬を撫でた。

ずっと堪えていた私の中の“私”が雄叫びを上げた。そして、辺りに強烈な爆風が吹き荒れた。





 ほんの五分ぐらいだろうか、私たちは気づくと廃墟となった教会の前に立っていた。古び、朽ちようとしているゴシック風のそれは、移り変わる歴史の遷移を妙実に表現していた。私たちはエルレイドを先頭に足を進めた。

「まるでサメの巣のようだ・・・」

頭のとがったアーチをくぐって中に入るなり、私はそう感じて、思わず口に出てしまった。コジョンドも同じことを考えていたのか、私の言葉に頷いた。彼女を怖がらせるつもりはない、しかし、直観とはこういうことを言うのか。外観の草臥れた様子を拭うかのように、周りには埃の類いはなく、そしてかび臭くもない。ヤツらがここを日常的に用いていたことの証拠だろう。そして、微塵のためらいもない、強力な殺意のプレッシャーが、バルザックの小説の伏線のように隅まで張り巡らせている。

しばらく進むと、開けたアトリウムのような場所に着き、今まで先導して来たエルレイドが突然その歩みを止め、私たちを見た。

「少佐ぁ・・・どうやら、ここからは少佐ぁだけが進めるみたいです。大丈夫ですゥ!私もすぐに追いつきます。」

彼女はそういって、腕を体の前に構え、戦闘態勢に入った。道中で回復の薬で全快した彼女に、何の不備も、不安もない。私は頷き彼女の背中を叩き、「頼んだぞ、君なら大丈夫だ。」といい、別れた。しばらくして後ろから、「ヤボール!」という声が聞えた。フン、律義なヤツだ、まったく誰に似たことやら。

Re: Almost like a nightmare ... ( No.188 )
日時: 2015/12/08 18:18:18
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:/oxYBlnw


 “元”指揮官を見送り――頭を失った――かつて配属されていた懐かしい部隊のメンツを見ながら、メガ・ガブリアスは憧憬の念というものを感じていた。
美しく咲き誇るバラと十字に交差した剣のエンブレム――敵からは『ハンター』と恐れられ、味方からは頼もしい増援として混沌に満ちた戦場に輝く一つのアイコン。

今や俺は狩る側から狩られる側に変わってしまったのか。

「・・・オレたちが争う意味なんてないだろう!ガブリアス!」

まっすぐと突撃し、攻撃してきたオノノクスのダブルチョップに対して、メガ・ガブリアスは同じ技で呼応し迎え撃った。フン、メガ進化した俺のAはお前よりも強いぞ。
技の威力はメガ・ガブリアスの方に分があり、オノノクスは撃退され、爪が割れた血まみれその手を苦い表情で抑えた。

「フン、ここが戦場だと思うか、オノノクス?戦いは既に会議室の小さな円卓の上に移っている・・・」

痛みに悶える親友を一瞥しながら、メガ・ガブリアスは静かに語り始めた。しかし、まるでその語勢は世界すべてに宣戦布告をするような、力強いモノだった。

「なんだと?」

そうだ、お前はそれでいいんだ。何も考えないでいることが長生きする秘訣だ。お前には分からないだろうが、俺やニホン人というのは死にたがりなんだ。

「戦場を知らない政治家がアホ面下げてテーブルの上で世界大戦を行っている。そして、しばらく経ったら揉み手をして互いに線を引き合い、仲直り。そんなことが許されると思うか?死んでいった仲間たちの“未来”は何のために奪われた?」

誰も何も答えない。ただ、砂嵐を轟音だけが耳に響く。

「オノノクス、これは終局なんかじゃない。ここからすべてが始まる。そう“始まり”なんだ・・・分かるよな?」

「ふざけるな、オレはお前を殺したくなんかない」

「ヴァカを言うな、ふざけているのはお前の方だ。
戦いには慈悲が存在しない。生きるものと死ぬものがいる。ただそれだけだ。さあ、“下半身”が奮い立ったのだろう?ならば、この俺を殺してみせろ!お前自身の“その手”で!!」

「曹長!離れてください!」

その声を聴いてオノノクスはすぐさま距離を取り、同時に無数の銃弾がメガ・ガブリアスに向かって放たれた。
ライプニッツ装甲師団の歩兵たちが戦列を組み、オノノクスの後方に待機していた。

「ハンターには、そろそろ“舞台”を降りてもらおうか・・・破壊という名の新たな創造は、正当な力をもって我々が行使する。」

飛んでくるマシンガンの銃弾を回避しながらメガ・ガブリアスは演説をやめなかった。歩兵が多いな、事前に聞いた情報ではライプニッツ装甲師団の兵士だとか。面倒だ、まとめて潰すか。

「領土、人民、国家権力・・・今、そのすべてを解放し、”新たな共同体”を発足させる。国籍や国家、人種や貧富などはもはや意味をなさない、この共同体は線を越え、そして近代をも超越する。そう、共産主義国家は全人類の理想の国家なのだ。」

攻撃を引き付けながらじわじわと歩兵たちの対角線に来たとき、メガ・ガブリアスは岩雪崩を放ち喧しい銃声は一気に止んだ。

「息の根を止めるまで、気を抜くな。ドイツ人の兵士たちよ」

「・・・寝言ばっかりほざきやがって、軍人が理想を語るな!」

タン!タン!と、突然二発の銃弾が右側面から飛んできて、一発がメガ・ガブリアスの頬をかすった。見るとマウザーに四倍率であろうスコープを付けた小銃を構えている男が俺の方に向かって叫んでいた。
分からん連中だな、だからお前たちはヒトラーを選んだよ。何も考えないで目先の算段に囚われたんだ。
続くラングカイトの撃った弾は吹き荒れる砂の防御に守られてなかなか命中しない。メガ・ガブリアスは冷静に銃弾が飛んで来た方向に次の狙いを定めた。

人間だろうとポケモンだろうと関係なく容赦はしない。生きては帰さん、頭を狙ってやる。
慈悲は無用だ、自分の運命を覆すつもりであるなら、“ためらうな”

「共産主義国家は、如何なる国家にも、組織にも属さない、全人類理想の社会だ。制約も争いもない、理想の世界なのだ。線なぞは消し去る!」

「クソ、サメ野郎!流石はあいつが育て上げたことはある。このままじゃ、なぶり殺しにされるぞ!」

「ラングカイト少佐!距離を取ってください!」

素早くウィンデイが即応し、彼の盾になり大文字を放った。ラングカイトはその間に空のマガジンを捨ててリロードに移る。ヘフテンはグレネードの線を引き抜き、メガ・ガブリアスにめがけて投擲した。

「“ヴェーラーの猟犬”(=ヴェーラー・ハインド)――ウィンディか」

大文字をあえなくかわし、大地の力で二人と一匹を先の戦いで湿っていた泥だらけの永久凍土もろとも吹き飛ばした。

「吠えるな、“野犬”ども。」

グレネードをあえなく回避し、轟音と硝煙が辺りに轟き漂った。薄く白い靄に紛れて何かが素早く動いた。

「さあ、次は何を見せてくれる?何をしてくれるんだ、ドイツ国防軍の誇り高き鋼鉄の兵士たちよ!ただ、人間とポケモンたちよ!
踊れ!踊れ!そこまでして殺さねばならない理由がどこにある!」

その時、背後からジャローダが一気に距離を縮め、目覚めるパワー(氷)を放った――が、堪えた様子もなく、あえなくドラゴンテールで遠くに飛ばされた。

「うぅっ!?」

「その技は“誰”を倒すためのものか・・・忘れたのか、ジャローダ。それはボーマンダを倒すための武器だろう?・・・俺は“ボーマンダ”じゃないよ。」

飛ばされたジャローダは通信車の車体に、その長い身体をぶつけて気を失った。

「ここから“境”が見えるか?・・・国境線は俺たちに何をくれたァ!えぇえ!どうなんだ、言ってみろ!!」

鮮血に彩られた荒野と傷ついた多くのドイツ兵たちに向かって“サメ”は叫んだ。その声色はどこか悲しげだった。

Re:Welcome to the sharks of the nest ! ( No.189 )
日時: 2015/12/09 18:18:18
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:/oxYBlnw


 コジョンドと別れた私は果てしなく伸びる教会の廊下を、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていた。明かりは蝋燭だけで薄暗く、足元が辛うじて見えるばかりだった。

この先に、“ヤツ”がいる。戦争を“ゲーム”と呼び、それを楽しんでいるようなクズ野郎が。

トマロフカで、クルスクで、そして今、四度にわたって刃を向かわせた指揮官がここにいるのだ。体調は万全とはいえないし、右腕に深い怪我も負っている。ただ――殺す理由だけが、釣り銭がくるほど十分すぎた。
私は長い廊下をひたすら歩いた。壁は黄ばみ、シミだらけの天井が何か言いたげである。そして、ある奇妙なアウラを漂わせている部屋に行きついた。そこにロシア語で何か書かれており、その文字の上にペンキで“告解室”と、汚いドイツ語で書かれていた。

センスの悪い皮肉だ。ここだな――私は強烈な直観を感じ、部屋の取っ手を回した。扉は鉄製で、ひどく重かった。

「・・・待ちくたびれたぞ、ハンター!お早いご到着だな。」

薄暗い海底のような場所で、凶暴な“サメ”が大口を開けて待っていた。





 ――・・・答を願う。繰り返す、こちらオイラー1。ローゼンベルク大隊、応答願う。

ザァァというノイズの多い無線が私の耳に入った。顔をもたげ、ハンカチで泥を拭う。意識がふらつき、身体も重い。加えて腹部辺りに強烈な痛みを感じる。ガブリアスのドラゴンテールを喰らってしまったんだ。どこか内臓を傷つけたらしい。私は痛みを堪え、何とか身体を起こし、コネクターを弄って周波数を合わせてから無線を取った。

「こちらローゼンベルク大隊、副官ジャローダ。現在、敵と交・・・」

――ああ、良かった!つながった!こんにちは、副官さん。少ちゃんから貴官の噂は聞いているよ。・・・おっと自己紹介はまだだったね、僕はアプヴェーアのエシュロン中尉。少ちゃんの私的な情報顧問を務めている。良く聞いてくれ、君たちが・・・

「それは初耳です、エシュロン中尉。どういうことでしょうか、小官には少し理解が・・・」

話している声を遮り、私は言葉を挟んだ。語尾の柔らかさから無線越しに話している相手が、まだ若いことが妙に引っ掛かる。それに少佐のことを“少ちゃん”と呼ぶのだって・・・しかし、アプヴェーアの人間からの無線――少佐が私に隠れて国防軍の諜報部のパイプを持っていたことが信じられなかった。おそらく彼は本物だろう、相手の発信場所を示すコードが画面では不詳と表記されている。これは諜報部隊のコードを意味していた。私は大隊で一番彼を理解していたつもりだったのだが、それは傲りであったらしい。
クソ。ダメだ、頭がこんがらがっている。整理する時間が欲しい。

――今、詳しく話している時間はないことは君も分かっているだろう。“時は飛ぶ矢の如く”って、ギリシャ人も言っていることだし、もしかしたらもう遅いかもしれない。手っ取り早く言うよ。

その時、近くで高威力の電磁砲が発射されるあの独特の音が聞えた。私たちの部隊にそんな技を覚えるポケモンはいない。
砂嵐は激しく風吹き、銃声と絶叫が辺りを完全に支配していた。もうこの戦いに一刻の猶予はない。親友の変わり様や現在の状況を嘆いている暇はなかった。「人間は本質において未来を生きている。」ふと、彼がハイデガーを引用しながら語っていたことが脳裏によぎった。私は腹を決めて

「すみません、要件をお願いします、エシュロン中尉。」

――君たちと交戦しているアクーラの指揮官がいる場所を突き止めた。座標を打電するから向かってくれ。・・・少ちゃんを頼む、君たちしか彼を救えない。以上。貴隊の奮闘を祈る。

そういって無線は切れ、代わりにモールス信号が打たれた電報が入ってきた。私はそれを勢いよく引きちぎると、ヘフテン曹長を呼んだ。
ガブリアスのことはオノノクスが必ず何とかしてくれる。そして、今交戦しているソ連軍の部隊は、ラングカイト中佐や大隊の戦友たちが絶対に片づけてくれる。希望的な観測であったが、どこか確信めいた想いがあった。私たちは強い、こんなところでくたばるような部隊じゃない。
今、私にできることは、彼を助けることだ。私は彼の副官なんだ。その責任だけが私を鼓舞した。





 「姿を現せ。いるのは分かっている。早い事済ませたいんだ。」

「この教会は気に入ったかな?そう、お前がお空に昇天する場所だ、今のうちに良い場所を確保しておくといいぜ。」

暗闇からヤツの声が聞こえる。電灯のスイッチらしきものはなく、そのまま中に入った。拳銃を構え、辺りを注意深く見渡す。

「そういえば『コラッタの話』を知っているか、ハンター。
フランス人の金持ちがある島を持っていた。なーに、そんなに大きな島じゃない、一時間ほど歩けば一周できるほどさ。
ある夏――漁船に密かに乗ってやってきたコラッタが島中のオボンの実を食い尽くし、本能の赴くまま繁殖の限りを尽くした。オボンの実は島の名産品だ。手痛い損失になった。さて、困った。どうやって退治すればいいのか?」

闇に響くヤツの口調はどこか楽しげだった。私は一発、撃った。しかし、声はまだ聞こえる。

「金持ちは召使に命じ、地中にドラム缶を埋め、上には蓋の代わりに蝶番をつけた。そして中にはヤツらの大好きなオボンの実。そんな罠を島中のあちらこちらに仕掛けた。
そして・・・一か月も経った頃には、島にいる三分の一のコラッタを捕まえることができた。さあ、コイツらをどうするか?シャンデラの火炎放射で焼き殺すか?」

ヤツを黙らせるためにがむしゃらに発砲するが、ヤツの嬉し気な声は一向にやまない。

「キングドラのハイドロポンプで圧死させるか?それとも霰を降らせ、凍える寒さの中に放置するか?いいや・・・全部否さ。」

「姿を見せろ!ラスコリニコフ!!」

苛立っている私が叫ぶのと同時に部屋の明かりがついた。部屋には安酒とグラスが置かれたテーブルと、粗末なパイプイスが二つ。そして、私の右手側に大きな赤いカーテンが降ろされていた。カーテンの内側がもぞもぞと動き、そして・・・ついにヤツが現れた。

「金持ちは哀れなコラッタたちをそのままにしておいた。すると中でどんなことが起きるか。フフッ、そうだ、“共食い”さ。腹をすかせたヤツらは分別の見境なしに仲間へ食らいつき、己の空腹を満たした。しばらくすると、ドラム缶の中には二匹のコラッタが・・・おっと間違えた、“ラッタたち”が生き延びていたんだ。感動的だろ?生が逃げることのできない病のように、こべりついていやがった。」

銃口を真っ直ぐとヤツに向け、私は侮蔑の視線を込めてヤツを観察した。エシュロンの情報によると歳は38を過ぎていたと聞いたが、幾分か若く見える。オリーブ色の軍服には煙草の灰で焦がした跡がちらほらと、そして胸には日焼けた二つの勲章が飾られていた。

「残った二匹をどうしたか?お前ならどうする?」

流暢なドイツ語でヤツは私に尋ねた。その瞳は黒く、無機質に輝いてまるでサメのようだった。銃を突き付けているのに震えはなく、何も恐れようとしなかった。逆にこちらが脅されているような感覚がして、額に脂汗が一筋流れた。

「さあな、私なら即刻殺すだろう、今の貴様のようにな」

トリガーを引いた・・・つもりだったが硬く引けない。拳銃をプルプルと震わせるその滑稽な様子を見て、ヤツの口元が少し緩む。

「生き残ったラッタたちを金持ちは島に放った。もうアイツらはオボンの実を食べない、コラッタの味を知ってしまったからだ。彼らの働きにより、島にいたコラッタのすべてが退治されましたとさ・・・めでたしめでたし。」

そういって椅子を引き寄せて「よっこらせ」と座った。そして酒の蓋を開け、グラスに酒を注いだ。

「拳銃を信用しない方がいい。今さっきランクルスの“重力”の技が発動した。ワルサーを握る手が億劫になっているはずだぜ。
ラッタたちは――コラッタたちはあの暗いドラム缶の底で本性を捻じ曲げられたんだ。血と肉、そして本能が入り混じる地獄でな。進化論の基本、“生命は道を選ぶ”というが、まさにそれと同じことが起きた。だとすりゃ、この“世界”という小さなドラム缶で生きている俺たちにも同じことが今、起きているんじゃないか?」

酒を美味そうに一口飲み、立ち尽くしている私に微笑む。私はここで殺すことを諦めて、拳銃を収め椅子に腰かけた。

「なるほど。その話の筋でいくと、地獄を生き延びた二匹のラッタに、私とお前を当てたいのか、ラスコリニコフ。それではストリチナヤ一本では足りないぞ。」

酒瓶のラベルに視線を移しながら隙を探る。ここでヤツを私が殺さなければならない。

「そうだ、俺とお前は最後の二匹だ。戦争で本性を捻じ曲げられた哀れなコラッタさ。じゃあ、殺し合おうか?」

ヤツは私に新しいグラスを差し出した。

Re: Chaos is "fair". ( No.190 )
日時: 2015/12/10 18:18:28
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:/oxYBlnw


 「貴様に差し向けた部下は皆、すべて癖のあるヤツらばかりだった。軍人としての矜持を持つ者。逝ってしまった過去に対して復讐をしようとする者。憎しみや悲しみを糧に突き進んだ者。そして今――お前自身が育てた者が貴様と対峙している。さて、それをどう感じている?貴様自身がかつて選んだものが貴様に報復しようとしているんだ。これは面白い展開だな、ハンター」

ヤツは嬉しそうに口元を緩ませながら、私の方を見てきた。なるほどな、汚い言葉の綾で挑発して、私から理性を奪おうとする算段か。よろしい。議論のルールすら踏まえていないとなると、こちらもそのような手段で応じるしかない。

「なぜ私を殺したいのだ、大佐?」

私が直球に問うと、大佐は口にしていた酒を思いっきり前に噴き出して、大声で笑いだした。机の上に漂うのは、鼻を突く、あの硝煙に似たアルコール臭。
・・・狂っている。コイツは誰がどう解釈しても狂っている。ハンカチで濡れた軍服の裾を拭きながら私はそう思った。

「フゥヒャハハハ!!お前を殺す? 殺すだと?
・・・お前を殺して何になる?また俺に味方の敗北主義者どもを殺せっていうのか?いやだ、やだね。そんなつまらないことはしたくない。
お前は、俺を、最高に、楽しませてくれるんだよ、ハンター。殺すなんてもったいない、もったいなさすぎる。誰も自分の玩具は壊さないだろう?つまりは、そういうことさ。」

「私は貴様の玩具ではないし、それにお前はただの戦争狂人だ。ただのひとでなしだ。クズだ。そして、人の皮を被ったサメだ。」

この男はあのSS少将よりも戦争に侵されている。私は臨床家ではないが、その病状は恐らく末期だ。彼は自身の信念とそれを無理矢理にもつなぎ合わせて、和解したいのだ。これ以上、心の葛藤に苦しみたくないために。
個人が狂気に覆われることは、私たちの社会では稀な事であると思われている。しかし、戦場においては、発狂など三度の飯よりも確実な事なのだ。人が戦争に狂うのか、それとも、戦場にいるから人は狂っていくのか・・・どちらが先かは謎であるが。
狂気とは心の非常口だ。生きていく理由が見つからないが、なぜ死なないでいるのかも分からない――そのようなときに狂気は己の扉を開くのである。人間の内面に潜む普通の次元とは異なる善と悪から食み出し、暴れ出し、大海へと泳ぎ出す。ヤツにも、そして私の中にも“サメ”はいる。最悪の敵はヤツではいない、私の内にいるのだ。





 その死屍累々の戦場は、傷ついた人間とポケモンたちであふれていた。
すでに死んでいる者、己の最後を悟ったのか、虚空に家族の名を呼ぶ者、痛みに耐えきれず、ひたすら言葉ではない声で呻く者・・・etc

「俺たちの存在全体において確かなことは一つしかない――それは、すべてには終わりがあるということだ。この世界に生まれて、その産声で宇宙を満たしたアルセウスも、最後には喉をゼイゼイ言わせてこの世を去る。暗い地平から顔を出し、陽に触れ、雨に恵まれたチェリネも、最後には腐って塵となり、消えてゆく・・・
何とも虚しいじゃないか。そうだ、死は創造されたすべてのものが共有するテーマだ。お前も、俺も、少佐も、あの大佐も、他のすべての創造物も、この真理から逃れることはできない。」

血を流し、死にかけている彼らを見つめながらメガ・ガブリアスは、オノノクスにそう語った。二個大隊強の戦力はメガ・ガブリアスの手によって、ものの数分で完全に無力化されていた。オノノクスは、傷口に砂が入らないように必死に患部を抑え、じっとかつての親友を睨んでいた。
グレイシアを一発で仕留めた電磁砲を喰らい、ダメージは大したことないが、身体が痺れてうまく動けない。このままいけば、間違いなくここで死ぬ・・・

「その目から見ると・・・まだわからないようだな。今起きているこの闘争は、過去の闘争とはまったく異なる。不信心者の原理主義者たちが闘争をはじめ、真の信仰者がそれを終わらせる。不正を行うものに対しては、如何なる慈悲も与えないだろう。彼らには剣が振り下ろされるだけだ。議論も証明も請願もない・・・“死”のみが真理と嘘を切り裂くのだ。」

パッと何かがオノノクスの前に駆け出し、すぐさま冷凍ビームを放った。

「リューシャの仇!」

それはラングカイト少佐の大隊に所属するアブソルだった。普段は感情をめったに表にしない、冷静な彼女には似つかない感傷的な行動であった。
攻撃は当たった、かのように見えたが、メガ・ガブリアスの姿は蜃気楼のようにして消え失せ、重いドラゴンクローが彼女を背後から襲った。背骨を引き裂いたときに勢いよく出た返り血が、オノノクスの顔面に吹きかかる。

「俺たちの戦いに邪魔をするな。」

彼が無惨な死体に変わり果てた彼女を踏みつける時、オノノクスは思った。もう、彼はいない。オレの知っているガブリアスではない、のだと。
確かに幼いころから強かった。二人ともバイエルンの訓練所で相当鍛えられた。オレには到底手の届かない数々の武功章も持っている。だけど・・・こんな戦い方や行為をする下衆なヤツではなかった。
血まみれた顔を袖で拭い、眼を閉じて覚悟を決めた。鮮血が目に染みる。
もう見たくない・・・見たくないんだ、落ちたお前はどこを迷っているのだろう?この砂塵の中に舞う大義、捕まえられるはずもなく、そして、お前にもオレにも見えていないのだろう。

「どうも分からないみたいだな――ならお前を殺すしかない。」

天を仰ぐと、ガブリアスは諦めとも哀れみとも取れるような表情を浮かべて、腕を持ち上げた。親友に殺される・・・何とも悪くない死に方だな。ああ、畜生。すまねぇ・・・サザンドラ。

・・・その時、一筋のハイドロポンプが、振り上げられたメガ・ガブリアスの腕をかすった。両者とも咄嗟に攻撃が放たれた方を見る。クチート中隊のミロカロスが怯えた表情で――けれども、ありったけの、精一杯の勇気を振り絞った表情でオノノクスを見ていた。





 「ほぅー?じゃあさ、お前は何だっていうんだよ?味方からも敵からも尊敬される・・・『ハンター』ってか?自分の中ではそうおめでたく、のぼせ上がっているんだろう。
お前を祭り上げている連中の顔をよ〜く見てみろ、揃いに揃ってヴァカ面を、恥ずかしげもなく振りまいている。そんな哀れなヴァカどもを迎合して、お前は満足しているような“タマ”のか?んん?
薄々は気づいているはずだ、何をしても、何を見ても、どれだけ功績を上げようとも満たされない自身の空虚さを。目に映るすべてが虚しく、そしてつまらなく思えて、昼の暗さを疎い、夜の明るさに甘え、来るべき明日を迎える前に寝床で強い酒を煽るんだ。
戦場は混沌さ、だからこそ平等なんだよ。俺はこの空間が好きだ、大好きなんだ。上も下も、右も左も、昼も夜もない、この完璧に調和したメロディーがお前には聞こえるか。フフッ、そうさ、音楽は魔法だ。心を唯一レイプできる秩序(=権力)だ。お前が狂人と呼ぶサメのような人間も、モラリストとして名高いゲーテくんも同じことを言っているぜ。
地獄を知らぬ者に、言葉だけで、何を説いて分からせるのか・・・無意味だ、恐怖がすべてを教える。頭の先からケツの奥まで、な。」

手に持っていた残りの酒を、冷たい水を流すように一気に煽ってから、ヤツは私の眼を真っ直ぐと見た。その冷たい眼を直視して、私は思った。何もかも見通されているのか。いや違う、“読まれている”んだ。
私はこの男をSS少将のように誤解していた。今までは狂人だと認識していたが、“この男”は“私”だ、私なのだ。私自身が死を望んでいるように・・・彼が、他ならぬ彼自身こそ、何者かに殺されることをひたすら望んでいた。まるで、私だけが彼の苦悩を理解し、私だけが彼が負った一切の苦痛を取り除けるかのように。結局は私と同じで、草臥れて窶れ切り、ボロボロに落ちぶれた一人の将校として戦場の肥しとなるのではなく、勇敢なる兵隊として、この戦いの中で、堂々と、銃弾も生気も尽くして、戦って死にたいのだ。
私もヤツも疲れて(憑かれて)いるのだ。この戦争の過酷さにではなく、この戦争の欺瞞さに。
この戦争を動かしているのは三つ星、四つ星の階級章をつけたピエロどもだ。ジャグラーがお手玉を器用に弄ぶかの如く、ヤツらは現場の兵士たちの命を縦横に遊ばせ、机上に描いた赤と青の色鉛筆の線や陣地記号を自由自在に走らせる。それが何を意味するのかも知らずに。そして、もうじき、このサーカスにも飽きて、すべてを投げ出すだろう。まるで客足が去り、これが引き際であると、誰もいなくなった観客席を見てから、ようやく自覚するように。


――ヤツは無言の裂け目で私の狂気に問いかけていた。


「お前は一人ぼっちか?」

「凍えているか?」

「お前は知っているか、人間がどこまで“お前自身”であるか?」

「どこまで愚かなのか?」

「そして、どこまで裸であるか?」

・・・果てしなく黒く、無機質なその瞳の闇(=奥)に私自身がいた。

「俺のことを怖がっているみたいだ。もしかするとそいつは“死”であるからか、それとも、“お前自身”であるからか・・・まいいや、今からお前を試そう。
お前に証明してやるぜ。どれだけ善良ぶっている人間だろうとなかろうと、簡単に落ちていくってことをなァ。
連中が、ブリュヌイのように良く口にする倫理だのモラルだっていう言葉は、とどのつまり、ただの“羽休め”だってことを知っているか。戦場に倫理だと?冗談すぎるぜ、アウトバーンで速度違反の切符を切るようなもんだ。
シェイクスピアも言う通り――人間とは服をはぎ取れば、無様な裸の動物、糞尿と大それた欲望がたっぷりと詰まった肉塊でしかないんだ。
では、とくと見せてやろう・・・ランクルス、エルレイド、始めてくれ。幕を上げろ、狂気のダンスの始まりだ!」

ラスコリニコフがそういうと、それを待っていたかのように部屋の傍らのカーテンが勢いよく開いた。

Re: Fight in the Poke’mon. ( No.191 )
日時: 2015/12/13 23:23:24
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:/oxYBlnw

 教会の薄暗いアトリウムで、私とエルレイドはしばらく向かい合っていました。

辺りに漂うのは相手が発する独特の緊張感。このエルレイド、殺し慣れている。血で汚れた跡だらけの軍服を見て、私は直観でそう思いました。

じりじりと周りを移動し、いつでも手を打てるように敵の出方を伺う。エルレイドも同じことを考えているのか、移動する私との一定の間隔を維持しながら同じように動いていました。床をこする互いのブーツの摩擦音だけが静寂に聞える。

・・・先に打って出たのは私でした。エルレイドが机を背にしたとき、私は一気に距離を詰め、長い体毛を鞭のように使い、リーチを稼ぎましたが、エルレイドはこの動きを読んでいたらしく咄嗟に身体を翻し、私の右サイドへ。
不味い、机で後ろを塞いでいたものと思っていたのに、なんて速さだ・・・

そんなことを思う暇もなく、横からリーフブレイドが飛んできて、私はとっさに燕返しで迎え撃つ。
技同士がぶつかり合い、私の燕返しが効いたのか、エルレイドの掌には生々しい切り傷が一線。しかし、敵は堪える様子も、痛がる素振りもなく、そっけない無表情を貫いていました。

――こんな攻撃を受けても痛がらないなんて・・・もしかして、薬物で痛みを感じなくしているのか?敵の合理性と冷徹さに、私は背に冷たいモノを感じました。





 カーテンが開くと、そこには私のコジョンドと彼のエルレイドが腕をつかみ合い、戦っている光景が広がっていた。

「マジックミラーだ。良く手品で用いられているあれさ。酒のアテにしちゃ少々味気ないがな。」

大佐はそういいながら残った酒をちびちびと味わった。その時、私のコジョンドがエルレイドの腕に燕返しを浴びせた。その様子を見て「結構やるな、俺のエルレイドに傷をつけるとは。」と感心している。馬鹿なヤツめ、あの娘は強い。いくら貴様の自慢の部下であろうが、あの娘なら勝てる。貴様は死にゆくあのポケモンに、哀れな祈りを捧げるがいい。幸運にも場所は教会という、何とも御誂え向きではないか。

「喧嘩はそろそろお終いにしようや、楽しい楽しいお芝居を見損ねてしまうぞ、ハンター。お利口さんぶらないで、もうちょっと楽しんだらどうなんだよ。」

ラスコリニコフは空になったグラスに再び酒を注ぐと、視線を私に向けず、ひたすら戦い続けている私と彼のポケモンに向けながらそうつぶやいた。

「芝居・・・?芝居だと?」

私が語勢を荒げると、計算済みなのか嬉しそうな語勢で

「お前の目論見は、力で俺たちをねじ伏せようとしていたんだろう?ロシアを発った後で不安になる芽をできる限り排除しておきたかった・・・そんな算段じゃないのか。だからこそ、俺はそれに乗っかった上で、“逆転”させてやったんだ。
まさかよう、この俺が“ナチ”と“共産主義”の“魂”を賭けた最後の戦いに、ヤンキーのように、ただの殴り合いで済ませようと思うかよ?
・・・“寒い”なァ、ロシア人でも凍える程、寒い冗談だぜ。」

そういいながらグラスを乱暴に口に運び、美味そうに飲み干した。
完全に読まれていた・・・そうだ、その通りだ。だが、“殴り合いでは済ませない”というのは、どういう意味だ。何を企んでいるのだ、ラスコリニコフ?

「ここ数週間、お前を殺すことだけを考えてきたが、それはある種のアポリアだった・・・考えても、考えても、全く先が見えてこないし、手応えすらもない。まるでレクラム文庫版のライプニッツ全集を読んでいるような、あんな感じさ。抽象的だったんだよな、何でもそうだが、物事はやっぱり具体的に考えないと。
だから“手”を変えた。殺すよりも辛い“殺し方”というものをお前に与えたいと思う。感謝のしるしだと思って受け取ってくれ、俺のお前を愛する気持ちだ。なんならリボンと包装紙で包んで渡してやってもいい。」

「貴様・・・いったい・・・」

「何をするつもりだ?」と聞く前にラスコリニコフの狂言が私の言葉を遮る。

「俺はお前を殺さない。部下や上司は殺したくてたまらないようだが、俺は殺さない。
だが・・・お前の“精神”を完膚なきまでに殺し尽くしてやる。本当の死は、肉体の死じゃなく、精神の死だ。お前はどれくらいまで耐えられる?色々と準備を仕込んだんだ、早々に降参するなよ」

「そういえば、精神の死といえば、ドストエフスキーだったかな、いやキルケゴールだったな、お前も読んだことがあるだろう?」とラスコリニコフは懐かしそうに私に笑いかけてくる。この男の内にある精神の不均衡に私は何か恐ろしいものを感じた。





 向かい合う私たちは互いの腕を掴んで膠着していました。少しでも気を緩めれば確実に殺される。それにしても、クソ、なんて力だ。

しびれを切らせたのか、エルレイドの頭部に突然眩しい光が集まり、大きく後ろへのけぞる。――この技は“思念の頭突き”!私は首を逸らして、動いていた相手の力を利用してその身体を思いっきり、私もろとも壁にぶつけました。
教会のレンガ壁は朽ちた長い年月のせいか、相当ボロくなっていたらしく、私たちはそのまま壁を突き破り、床に転げました。
埃とレンガの片であろう薄茶色の煙が漂い、お互いが距離の取り、床にへばり合い、立ち上がる瞬間に初めてその両眼同士が重なり合う。

・・・この相手は“本物”だ。私はようやく敵の強さを理解し、上着を脱ぎ棄て、動きやすいアンダー一枚になりました。早く少佐ぁのもとに。彼をお守りしなくてはなりません・・・!





 エルレイドは目に映る若きコジョンドに対して並々ならぬ興味を抱いていた。

今までの俺の任務は戦線を逃げ出した友軍のザコばかりを片づける、そんな汚れ仕事ばかりだった。ただ命じられるまま、大佐の“ポーン”としてその責務を果たしてきた。血まみれた腕のエンブレムを見て、大佐はいつも労いの言葉と俺の頭を撫でてくれた。その瞬間、殺す時に押しつぶしていたあの感情がどこからか湧いてくるような気がした。
そして今、まるでデザートのように、この最後の最後に限って、このような好敵手を与えてくださるとは!彼の下で働いて正解だった。

ふと、掌にできた一筋の傷を眺めてみる。傷をつけられたのは久方ぶりだ。まあ、痛みを感じないようにランクルスに施されているが、しかし、この一撃は感慨深いものだ。ローゼンベルク大隊――ハンターの猟犬との今までの戦いで、ドリュウズ、ゴルーグと手を合わせたことがあるが、どちらともかすり傷一つつけられない、ザコばかり。何とも“張り”のない不甲斐ない相手ばかりだった。
フフッ、この少女は本当に威勢の良い。また格闘のセンスも彼らの教練をきっちりと受け継いで、自分なりのアレンジを加えているのだろう。なかなか悪くないものだ。そして・・・“この格闘以外”でも俺を楽しましてくれるのだろう――とうの昔に死んでいたと思っていた雄の本能がさっきからうずいて仕方がなかった。
全身の細胞に埋め込まれた光の粉を発動させ、エルレイドは攻撃を開始した。





 エルレイドが突然、光に包まれたかと思うと、その瞬間、私の腹部に激痛が走りました。しまった、“影うち”かァ!?
先手を打たれ、ひるんでいる私の背後に痛みを感じる隙もなく風を切る音が。私はかがみ込み、続く攻撃を回避し、膝のばねを利用して胸部にドレインパンチを喰らわせる。・・・バキッと鈍い音がして、肋骨をやったのだと確信しました。
しかし、敵はそんな大ダメージを喰らっているのにも関わらず、冷静にドレインパンチを打った私の右手を掴み、関節の方向とは逆の向きに捻じ曲げようとする。・・・冗談じゃない、ウソでしょう!?
掴んだ手を左手で打った不細工な燕返しで振り払いのけ、距離をとって再びマウント・ポジションへ・・・
格闘の邪魔にならないように、附近に転がっている“福音香”の香りがするお香立てを蹴り除けて、敵を真っ直ぐと凝視しました。カラン、カランと回り続けるお香立ての金属音と、私たちの荒い吐息だけが教会の厳粛な静寂を破っていた。

・・・強い、今まで戦ってきた中でコイツが一番強い!
血の混じった唾を床に吐き、姿勢を構えると、エルレイドはその無表情な顔を少し緩ませた・・・ような気がしました。

Re: Everything is planned. ( No.192 )
日時: 2015/12/19 14:16:21
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:pS81q4sQ


 辺りに吹き抜ける爆風と砂埃――殻から顔を出した私の上に浮かび上がる一つの虹色のエンブレム。肉体は一回り大きくなり、大あごが一つ増え、髪も少し伸びた。良かった、無事に進化できた。ラングカイト少佐、今、あなたの期待に応えます!
「姉様、その姿はもしかしてメガ進化!?」

驚いた表情の彼女の問いに私は笑顔で応えた。詳しく話せるほどの時間はなく、刻々と、ジリジリと迫っている。

「惚れ直している場合じゃないわよ、ミィこ。あなたはオンバットに乗って、敵の後方支援をしている小隊を叩きなさい。目の前のこの二匹は私が落とす、任せておきなさい。」

「や、ヤー」とはにかみながら彼女は頷き、そしてオンバーンの肩に乗って悠々と寒空へと飛び立っていった。

「おいおい、マジかよ。お前らも“それ”が使えるとはな。誤算だぜ。ウルガモス、早いとこヤらないと不味いぜ、こいつは。」

前方で翼を羽ばたかせている敵が、耳元でコソコソと何やら作戦会議のようなことをしている。私は彼らを気に留めず、足元に転がっている、すでに冷たくなったギルガルドに額を寄せた。
ありがとう。またどこかで会いましょう、美しい戦友よ。あなたの仇、なんて御大層な言い訳だけれども、あの二匹を一緒に連れて逝かせてあげるわ。
悲しみに生き、苦しみに死ぬこと以外は何も望んではない。悲しみとともに生きることが――結局は――できるのだと、いつも歯を食いしばりながら、苦しみながらも驚いている。それが文字通り、「耐えられる」ということに。だがそれは、そのことを語り、文にすることが辛うじてできるからなのだ。彼が、そして私が、私たちが愛する人を「語ること」を可能にしてくれるのは、他でもない、「世界」自身なのだ。

「フフッ・・・良いわ、凄く良いわよ。私たちを満たしてくれるはず、今のあなたなら。
トゲキッス、援護を!」

ウルガモスは両翼を勢いよく振り、ご自慢であろう熱風を打とうとしたが、それは余りも遅すぎた。

「なあ・・・!?」

浮足が立っていたウルガモスに対して、私のふいうちが直撃した。運の良い事に一発で仕留めることができ、身体を吹き飛ばされ、鱗粉と鮮血が、状況が呑み込めずに唖然とした表情を浮かべたトゲキッスにぶちまけられる。力持ちという特性は圧倒的な火力を私に与えてくれる。さて、次はあなたが死ぬ番よ。
物が「存在」であるように、自分たちを含めた人間やポケモンもまた、「存在」であることに今更ながらに気づいた。そうだとすれば、私たちも敵たちも、この世界に生きているのも類いまれな偶然であり、何の理由もないはずだろう。
私たちは皆、必然的に「余計な者」なのである。なぜなら世界は私たちを必要とせずに始まり、そして終わるはずであるのだから。

「クソがァ!畜生!」

逃げようとして背を向けた敵の肩に向けて、肉塊となったウルガモスを踏み台にして思いっきり掴みかかり、首を後ろにひっこめた。

自分の愛する人たちについて語ることは、彼らが――そう、勇敢に、ひたすらに戦った――戦友たちが虚しく生きたのではないと証言するためであり、そして、歴史の虚構の渦に消え去ってはならないのだ。

「こ、このあばずれがぁ!!」

私のアイアンヘッドが振り向いたトゲキッスの猫の額ほどの部位に直撃し、コックリと丸く、深く陥没させる。タイ産の高級シルクで出来たレースを引き裂いたような淡い断末魔。ショパンのプレリュードに似た救いを求める悲痛な、そしてどこか勇ましい雄叫びだった。





 メガ・ガブリアスは放たれたハイドロポンプの先をじっと見つめていた。あいにく避わされたものの、命中した岩を細かく砕き、辺りに散りばめている高威力なものだった。当たっていたら致命傷とは言わないけれども深い痛手を与えられたはずだ。
加えて、ミロカロスのほかに補助系の技を覚えているヤミラミもついて来ていた。頼もしい、すまねぇ、クチート軍曹。

「またザコが来たか、クチートの隊のヤツらだな。俺の敵はお前らではない。邪魔をするなら、死んでもらう」

刃先をミロカロスとヤミラミに向けて彼は申し訳程度の威嚇をした。だが、彼も知る通り、ドイツの女は諦めが悪い。

「曹長を守るために、私は自分で選んでここに立っています。それに逃げを打つほど、玉無しの敗残兵ではありません!」

「や、やめろ!ミロカロス」と叫ぶのと同時に、彼女が冷凍ビームを、あいつは岩雪崩を放った。遠距離技同士が強くぶつかり、凍土をグラグラと揺らして、辺りには冷凍ビームの破片が引き起こしたであろう、薄い白靄が漂い始めた。そして、その中を素早く移動する小さな影にオレは気づく。なんだ、あれは?
「さすがはその歳で隊の中核を担っているだけの技量がある、褒めてやろう。だが・・・残念だ。」

メガ・ガブリアスは靄に紛れて急接近し、ミロカロスの動きを翻弄する。ダブル・チョップか。オレもそれに合わせ、彼女の近くに向かった。クソ、身体が痺れてうまく動けない。それに腕がヴァカみたいに痛む。どうにか間に合ってくれ!
・・・ドゴォ!という鈍い音と共に攻撃が彼女に直撃した・・・が耐久力のあるミロカロスだ、一発では倒れなかった。

「!?」

「あなたにはここで倒されてもらいます!」

彼女は攻撃した腕に巻き付き、至近で冷凍ビームを放った。上手い、やるじゃないかと思ったが、またしてもメガ・ガブリアスの姿は幻影として消え、数メートル先に露わになる。
「嘘でしょ?」と彼女がつぶやく暇もなく、「おかしい・・・曹長、これは何か小細工でも仕込んでいるのでは?」とヤミラミが言葉を遮る。そうだ、今の今までこんなことの繰り返しだった。何かしらのトリックを用いて、攻撃を回避していやがる。

「なるほど。もう一匹紛れていますな、あれですよ、曹長。」

ヤミラミの指先にいたポケモン――それはコウモリとサソリを合わせて半分で割ったような容姿を持っているグライオンだった。砂隠れを利用してから身代わりを張り、それをメガ・ガブリアスへとバトンタッチしていたのだ。どおりで攻撃が通らないはずだ。

「ばれたか、まあいい。気づくのが遅すぎなんだよ、ドイツの猟犬ども」

グライオンはそういい、後方の砂に紛れ、対するメガ・ガブリアスは俺たちの方へ勢いよく向かってくる。

「ミロカロス、十分やってくれた。自己再生で体力を回復しろ。ヤミラミ、分かってくるな?」

ミロカロスは小さく頷き、ヤミラミは口元を緩ませオレの左側面に構え、並走した。
もう鼻の先まであいつが近づいた。ここだ!
「ヤミラミ、今だ」

掛け声と同時に彼の挑発がグライオンに入る。技を出すことが出来ないグライオンは何かを叫んでから、ヤミラミに対して悪あがきを打ち、自滅した。そして、駆け出してきた少し驚いた表情のあいつとオレの頭突きがぶつかり合う。

「これでもう”丸裸”だぜ、ガブリアス!」

「くぅ、分が悪いな。ならば・・・」

そういうとメガ・ガブリアスはオレを跳ね除け、体力を回復しているミロカロスの方へ向かった。しまった、少しでもこちらの戦力を殺ぐつもりか!?
「ミロカロス!」

立が上がった時にはもう遅かった。元々早いあいつだ、あっという間に至近まで対面し、あの大きな鎌のような刃を彼女に向かって振り上げていた。


――もうやめて、ガブリアス。あなたは向ける刃はその娘じゃないはずよ・・・


その時、刃を振り上げた彼を後ろから抱きしめるサザンドラの姿が目に写った。ほんの一瞬だったが、オレにはそう見えた。

混乱と錯綜――心から愛しているのにも関わらず、あるいは、愛しているがゆえに、すれ違ってしまった互いの感情。ちょっとした誤解と些細な行き違いはすべてをひっくり返し、何もかもを変えてしまう。
人生のなかのある瞬間、後ろを向いた相手の背中に一言声をかけていれば、その後のすべてが別のコースをたどっていたのかもしれない。だが、その瞬間、現在と未来の狭間を手探りで歩いている当の人には、そこまでは見通せないのだ。

動きが止められ、その怯んだ隙にオレは渾身の力を込めたドラゴンクローであいつの手を裂いた。攻撃は直撃し、血肉が四散する。

「オノノクス・・・」

しばらく「ううッ」と呻いていたあいつが死体となったグライオンから視線をオレの方に移し、口を開いた。

「なんだ?」

「もしかして、サザンドラのヤツ、死んだのか」

項垂れながら、あいつは今にも消え入りそうな声色でそう問いかけた。オレは頷き

「ああ、そうだよ。お前が手を貸してるイワンどもに殺されたんだ!」

そういうと、あいつは顔に手を当て、肩を小さく震わせた。まるで、怖い夢を見た後の幼子のようだった。

「そうか・・・フッ、滑稽だな・・・俺は一番守りたかった人を守れず、その人を殺した連中に、手を貸していたわけか」

「ガブリアス?」

「馬鹿だよなあ。何やってるんだ、俺は・・・俺は・・・俺は!」

心から湧き出た悲痛な叫びが辺りに木霊する。オレも、ミロカロスも、ヤミラミを何も言えなかった。いいや、言う言葉が見つからなかったのだ。
「言語が沈黙し、注釈も解釈も意味をなさなくなった時に、初めて存在は純粋になる。」――少佐が良く口にしていた言葉が、なぜか今、オレの脳裏に反芻し、ようやくその意味が分かった。

「オノノクス。ミロカロス、ヤミラミ。守れ!」

彼はそういい、凍土を残った左腕で強く撃った――地震だった。





 一足一刀の間合いを保持したまま、二匹のポケモンたちは己の太刀同士を交わし続けていた。
コジョンドは戦いながら感じていた。どうも敵は“おかしい”、と。普通であれば直撃しているであろう部位に、何度も燕返しを浴びせているのだが、一向に当たる気配はなく、逆にカウンターを取った相手のリーフブレイドの一振りに、こちらが翻弄されているのだ。
どうやら敵は“何か道具”を用いている。それが分からなくては、この戦いで先に倒れ、あの世に行くのは私の方だ。
広く間合いを取り、コジョンドは敵の戦法をゆっくりと考えた。睨んでいる敵は、無の構えから私の攻撃をひたすら待っている。そうだ、そうなのだ・・・敵はこちらの攻撃を待つばかりで、先ほどの影うち以外に、先手を打とうとはしないのだ。もし、攻撃を誘っているのだとすれば、ヤツは私の動きに合わせているのか?ワザと先に相手に攻撃をさせ、その攻撃を先読みして回避し、反射神経を利用しながら相手の僅かな隙を突く体術が、ニホンという国にあることを彼女は知っていた。

・・・ならば、攻めのこちらが、読めない動きで攻撃するしかない。

勢いよく前方に踏み込み、自らの華奢な体躯に腕の体毛を隠してから、充分な距離に近づくと、一気に脇構えに切り替えて、即座にそれを振るった。
真っ直ぐと構え、振り下ろすであろうと思っていたのか、もしくは、突然の新しい攻撃のパターンにこれは読めなかったのか、エルレイドは咄嗟に首を庇った左腕の刀剣を真っ二つに斬り飛ばされ、攻撃の威力を何とか弱められたものの、彼女が狙っていた顔の辺りに一筋の切り傷が走ってしまった。おでこ辺りが切れ、血を流し、目に沁みないように左目を閉じたいところではあるが、それでは視界が狭まり、状況を確認することが出来ず、自らの墓穴を掘ることになる。
傷を噛み締め、エルレイドは思った。無駄のない、見事な太刀筋である。ここまで追い詰められたのは今までなかった。彼は心の中で思わず苦笑してしまった。まだソバカスの後がちらほらと残る幼い少女が、こんなにも強いのだ。なるほど、通りで大佐殿や旅団の戦力のすべてが投入されても、状況は好転せずに、逆に仲間たちが狩り殺され、苦戦の一方を強いられるはずだ。

額から血を流して、目に染みる疎ましさも気にせずに、右腕の刀剣でカウンターを狙うが、コジョンドの方が素早く反応して、彼女の左腕に肘の関節部分を押さえつけられ、彼は両腕とも身動きが取れなくなってしまった。対するコジョンドはというと、先ほどに攻撃した右腕が空いている。

・・・刹那、横薙ぎの一撃が腹を裂いた――ように見えたが、それは”空”を切るにとどまった。

唖然とするコジョンドを待たずに、次の瞬間には、彼女の眼前にエルレイドのドレインパンチが、押さえつけられている腕を振り払い、隙だらけであった腹に入った。タンクトップが越しの白い腹に重い打撃が身体を支配し、また、先の戦いで負った冷凍ビームが作った傷口も共鳴して、傷口が割れて大量の出血が床を汚した。
コジョンドは焼けるような痛みと同時に体中から力が抜け、膝が地面に着き、うつ伏せの状態になった。

・・・実に惜しいが、俺にはランクルスが施した“武器”がある。これが無かったら、今のヤツは危なかったぞ・・・エルレイドは取り出した満タンの薬で体力を回復し、倒れたコジョンドの襟首を乱雑に掴むと、大佐から聞いていた計画がなされる然るべき場所へと、静かに足を進めた。





――こちらグライオン、クソッたれ、あのドイツ野郎!裏切りやがった!!

――こちらトゲキッス。畜生、どうもここいらでお終いのようだ。すまんが、後は頼んだ・・・


悲痛な無線越しの叫びが耳に届き、そして、繰り広げられている状況の変化に、エルフーンはただ唖然としていた。

ガブリアスの離脱とトゲキッス、ウルガモスの戦死。交戦中のグライオンも状況的に見て、これが最後の無線であるのは確かだ。

当初戦力の7割近くが凍原に散った。作戦は終わりだ。大佐ははたして勝ち目のある戦いとして、私たちを彼らに差し向けたのだろうか。エルフーンの脳裏にそんな疑問がふと思いついたのだが、長きに渡る親交で、彼の指揮官の心意は複雑怪奇であることは充分に承知していたので、すぐに打ち消した。そうか、勝ち負けなど、最初から問題ではなかったのだ。
そして、笑い話にも、なぜか、その耳には英文学が好きだった母から昔、床に就く前に良く聞かされていたテニスンの詩が優しく響いていた。


“Though much is taken, much abides, and though”
(確かに多くのものが奪われたとはいえ、まだ残るものは少なくはない)


ドイツ的なナルシズムは、賞賛する西洋一般という名の世間と相依存していることから、孤独から出発した「男らしさ」と言えるが、結局、世間の要求する「男らしさ」の型にいつも自分をはめ込む結果になる。その意味で、真に独創的な英雄というものは存在しないが、


“We are not now that strength which in old days moved earth and heaven that which we are, we are...”
(その昔 天と地を動かした強者ではもうないのだとしても 今日の我らは斯くほかでもない 我らであるのだ)


目標は二、目の前を高速で接近している。おそらく味方の補助担当ポケモンによる追い風の支援を受けているのだろう。死が迫ってくる、ひたすらに追ってくる。ただ己の命を強引に奪うために。死とは完結した不条理なのだ。
隣にいるジバコイルは、フォーカスレンズを捨てて、守りの体勢に移行しようとしていた。


“One equal temper of heroic hearts, made weak by time and fate,”
(英雄的な心がもつ共通の気質は 時の流れと運命によって虐げ 弱められたが)


私たちポケモンは太古から戦わせるために養われ、愛護される動物のように、行使て手厚く幾多の人がかりで世話をされ、グローヴの紐の締め加減を田津寝られる瞬間には、何とも言えない甘美なものを感じるボクサーの境涯に同情するのである。
何しろそれは一途に戦うためであるのだから。たとえ、死を代価として、賭け事の借金と同じくらいの危うさを秘めていたとしても、敵は私たちに対して恐るべき戦場であり、嫌悪はそこから勝つための歓びを、共犯性を引き出してくるのだ。

“but strong in will to strive, to seek, to find, and not to yield.”
(その意志は強く 努力し 探し求め 何かを見出し そして屈服することは決してない)


ゴウゴウと揺らぐ大地が彼らの陣地を強襲した。





 再び、アトリウムに現れたコジョンドは見るも無残なサマに変わり果てていた。襟首を乱暴に掴まれて連れてこられた彼女は、ひどく傷ついており、また軍服ではなく、薄いタンクトップ一枚・・・そこから見える肢体は切傷で溢れ、脇腹から出血が醜い。あまりの彼女の苦戦と変わり様に私は思わず声を失った。私とコジョンドの反応を見て、ご機嫌な大佐の高笑いが辺りに木霊する。そして、ヤツは徐に話し始めた。

「女にしちゃ大分気張った方だが残念だな。
さて、拷問というのは表面的で物凄くシンプルだ。そりゃ生きたまま、自分の臓物をえぐり取られれば誰だって恐怖に震える。
お前は良く分かるだろう、人は自分の頭の中で生きている。そこに人の魂がある。
十八の時・・・俺は国家反逆罪で投獄された。どうも俺が学校の図書館でバルザックやフローベールの小説を読みふけっていたのが、ブルジョア的だったらしい。笑えるよな、小説なんざ、どこを行こうと、どんなに高尚な内容だろうが、下劣な内容だろうが、所詮、ちょっとの気休めや現実の慰めなのに。
そんで俺はあるコンクリートの打ちっぱなしの部屋に通された。掃除のために簡易に作られたんだろうな。そこに入った瞬間、俺は死を思った。ああ、ここが俺の勘桶なんだってな。なぜならそこには、革命の時分にもう嗅ぎ慣れていたあの硝煙と鮮血の臭いがプンプンしていたからな。あんときはたまんなかったぜ・・・
パイプイスが六つ並び、五つすべてに野郎がこじんまりと座っていた。ガードしていた兵士が二、三人いたかな・・・?まあいいや。俺は右端に座るように促されて大人しくそれに従った。それから地獄が始まった・・・今思えば、“ドラム缶”だ。あそこは。
中央に腕を組んで突っ立ていた、綺麗な党の制服を来た男が、腰のフォルスターからリボルバーを取り出し、一番右端のヤツに渡した。何をするべきなのかは言われなくても、皆その時に瞬時に理解した。“ロシアンルーレット”だよ。これは冗談じゃないぜ。運がいいことに最初の一発目に弾は装填されていて、銃火が火を噴くと、頭を四方にふっ飛ばしてそいつは死んだ。俺たちはこれで終わりだと喜んでいたが、党の男は脳みそのかけらとオレンジのような色の血でベトベトに濡れたリボルバーを拾い上げ、今度は銃弾を二発込めてシリンダーを回してから、隣に座っていたヤツに優しく手渡した。無機質で・・・まるでお菓子の工場の機械が、単純作業をするかのような男の慣れた手さばきが、正直、死ぬことよりも怖かった。
一発目は大丈夫で、それから二発、三発目と銃口から連続で火が噴いて俺は助かった。気が付けば、俺はイスのマットレスを小便でビチャビチャに濡らしていた。さて、残りは三人さ。男はリボルバーに銃弾を“三発”込めてそれを俺に渡した。「次はお前からやれ」っ言われたな、確か。
――その瞬間、俺の中で”何か”がぶっ壊れた。俺は撃鉄を上げ、銃口を頭の方にやると、咄嗟に目の前にいる男に向けて引き金を引いた。幸運にもそいつは“当たり”だった。銃声と男が倒れるのに呼応して、付近でタバコを吸いながら笑って見物していた兵士たちが途端に真顔になり、俺の方にライフルの銃口を向けてきたが、隣に座っていた野郎どもがイスを投げたり、怯んだ隙にライフルを奪って加勢してくれて、俺たちは何とか生き延びることができた。
その後、偉大なるクソ書記長殿、スターリンの恩赦が出て、俺たちは外の光を浴びれた。暗い牢獄の中で俺の眼は黒染まった。もうあの若い目の輝きは、どこかに失せていた。
あの日からもう二十年近くの時が経った。生き残った一人はモスクワ防衛戦で戦死して、もう一人は赤軍参謀本部第三部の部長に就いている。中将まで出世したんだ。どうだ、すごいだろ?人間、その気になれば何だってできるんだな、フフッ・・・」

突然懐かしむような口調で昔話をし始め、語り終えるとヤツは目頭を押さえて、しばらく黙った。沈黙が辺りを支配する。私はただ静かに聞いていた。なぜか、口を挟むことがどうしてもできなかった。

「あの男を殺す時、俺は気づいたんだ。あの男の肉体はまだ生きてはいるが、殺すその瞬間、頭の中は空っぽだったんだってことをな。同様に、頭をふっ飛ばした哀れな三人にも同じことが言える。つまりだ。ある一瞬、生と死の狭間の、そのほんの短い間には、ヤツらの頭には何もなかったんだ。空、虚無・・・フフッ、不思議な話だろう?いや、そうでもないか。若い頃のドストエフスキーが好きだった批評家は、借金取りに追われて、嫌々書いた彼の哀れな作品を見て、自分の中の彼を殺した。つまりは、人というのは頭で生きて、同時に死んでいるんだ。なかなか面白いだろう?」

と、大佐は満足げにつぶやき、続ける。今までとは違い、どこか寂し気な声色だった。

「これからあの娘に針をさす。本当のあの子がいる深いところにな。さーて、最初におかしくなるのは平衡感覚と視覚、おまけに聴覚だ。よし、エルレイド、やっていいぞ。」

無線でも仕込んでいるのか、ヤツの声と同時にエルレイドは横たわる彼女にのしかかり、腰の弾倉入れから小さく鋭い、注射針のような針を取り出して、左側頭部のこめかみに近い場所に、勢いよく突き刺した。


次の瞬間、彼女と私の絶叫が重なる。


「良い表情だ、ようやく人間らしい顔になったな。その表情はまさに動物だ。野蛮が獣性と同義であるならば、俺たち人間はこの上なく文化的で、人間的だ。」

理性が飛んだ私の形相を見て、大佐は、にっこりとタバコのヤニで黄ばんだ歯を見せながら微笑んだ。私は目の前の酒瓶を大佐にめがけて投げ、それを回避しようと怯んだ隙に彼の襟首を思いっきり掴み持ち上げた。

「貴様はこんな茶番を見せるために私を呼んだのか!?ふざけるなァ!いい加減にしろ!」

「安心しろよ、お楽しみはまだ終わりじゃないぞ。軍医のランクルスによれば、針が側頭葉にある紡錘状回の然るべき部分をえぐると、人の顔が認識できなくなるという。まあ、お前は仕留めたエモノの顔を一頭一頭覚えているタマじゃないけどな。
あの哀れな娘はお前の顔が分からないまま、暴行され、無惨に八つ裂きにされて、墓場行だ。おっ可哀想に、フフフッ」

その恐ろしい言葉を聞いてようやく私は彼の狙いが分かった。彼は私を殺さずに私の精神を殺すつもりなのだ。この男は・・・何てことを考えつくのだ!?

「まさか貴様・・・やめろ!それだけはやめろ!!」

私は喉が許す限りの大声でヤツに怒鳴った。唾が飛び、ヤツの顔面を濡らしても嬉しそうな表情は変わらない。そんなことをしても無意味なのは分かっている。だが、今の私にはそうするしかできなかった。

Re: War Machine. ( No.193 )
日時: 2015/12/19 17:17:19
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:y63nkMMw


 エルレイドはアトリウムにコジョンドを連れて行き、“彼ら”が見ているだろう辺りに彼女を投げ捨ててから、腕を持ちあげてしっかりと手錠をかけると、壁のフックにその鎖を固定した。よしっ、これで準備はOKだ。
ぐったりと横たわっている彼女にエルレイドはのしかかると、左側頭のこめかみの辺りの場所を注意深く確認してから、汗ばんだ長い毛を擡げ、腰の弾倉入れから注射針を取り出し、勢いよくそこに突き刺した。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

と、コジョンドの絶叫が辺りに響き、教会の完全なる静寂を破いた。それにここは天井の高いアトリウムである。よく断末魔の悲鳴が聞こえていて、エルレイドは満足そうに頷いた。
こめかみ――内耳や耳と脳を直接つなぐ重要な神経が集中している場所だ。ここが傷つくと人間やポケモンは正常な平衡感覚を失い、さらに聴覚や視覚にも結構な狂いが生じる。

・・・よくもまあこんな恐ろしい事を考え付くものだ。医学とはまさに諸刃の刃だな、とエルレイドは思う。旅団の副官、ランクルス・チェレンコフ大尉は優秀な軍医であり、スモレンスクの戦いで、ドイツ軍 高射砲の至近距離弾をくらって、瀕死の重傷を負った彼をほぼ生き返らせたといっていいほどの難しい施術をも手掛けた、医学のスペシャリストである。無論、生き返ったエルレイドはもう過去の姿ではなくなっていたのだが。要は体の良いモルモットにされたのだ。ポケモンの新しい可能性についての考察を深めるためという、素晴らしい階段の足がけに。

彼が持っている最高の武器は、ランクルスの改造によって、肉体に仕掛けられた無数の“光の粉”である。互いが対照となるように仕掛けられたそれは、一度、光を浴びると互いに交錯し合い、行き場を失った光たちは表面で乱反射を引き起こして、身体の周りにある種の虚焦点を浮かび上がらせる。敵はその見える虚像に攻撃をし続け、彼はカウンターを悠々と取り、仕留める。攻撃は当たるはずがない、なぜならそれは本当の彼がいない“空”なのだから。動物の視界の特徴を活かしたなんとも素晴らしい研究成果である。
また、細胞単位で埋め込まれたそれは彼の命を縮めるという副作用も生じさせているが、そんなことはどうでもよかった。死ぬはずだった命を俺はもらっている。それをどうするかは一切彼らの選択なのだ。


グリグリと周りを掻きまわしてから、針を引き抜き、一筋の血がこめかみからスーと垂れ、彼はしばらくそれに見とれていた。
「はあはぁ・・・」と喘ぐ目の前にいる少女は、もう虫の息といった様子であり、エルレイドは困った。血まみれた針をエタノールで浸したハンカチで拭き、綺麗に消毒した後、懐にある米国産のオボンの実を無理やり口にねじ込み、食べさせた。感染症にでもなれば、ものの数分で死んでしまう。それでは、長く楽しむことが出来ず、また彼らに怒られてしまうからである。
それにこんな拷問はまだ前戯の段階ではないか。次に刺すのは、知覚を司る紡錘状回。そして、お次は・・・エルレイドは生唾を飲み込み、大佐からの指示を待った。もどかしい、これじゃ餌を目の前でちらつかされているカーディの気分だ。





 自軍陣地を襲った地震は高威力で、それは、メガ・ガブリアスから放たれたものであることは明白であった。タイプ上、ダメージが半減するエルフーンでも、この一撃は重かった。

「だあ、大丈夫ですかァ、ジバコイ・・・?」

痛みを耐え、消え入るような声で彼が尋ね、隣を見ると、体中から熱い湯気を漂わせている相棒がいた。何と地震をもろにくらっていたのだ。
「なぜだ・・・?」と声に出す暇もなく、背にエアスラッシュの衝撃が体中に走る。

「・・・よう、ポップコーン野郎。随分とやらかしてくれたな、もうキーノ(=映画館)には帰られないぜ。」

脊椎を引き裂かれ、鈍る意識に抵抗しながら、振り返り、大地に身を落として寒空を見上げた。そこには、タバコを咥えているニャオニクスが彼を見下していた。パラパラとタバコの灰を彼の顔にワザと落として、なかなか鬱陶しい。クソッ、こんなふざけた連中に我々は負けたのか!?
「クッ・・・ジバコイルゥ・・・」

「あの地震が直撃したんだ、もう死んでいるよ。守れないのは無理もないな、俺の眼鏡を押し付けた。さて、とどめだ。あの世でマルクスの『資本論』でも永遠に読んでるんだなァ!」

空気を切り裂くあの音がする・・・エルフーンは静かに眼を閉じて己の最後に構えた。



エルフーンの亡骸を無視し、ジバコイルは辛うじて残った1の体力をどう生かすか、冷静に考えていた。
現在、こだわりの眼鏡を持っている。これで十万ボルトを放てば、敵兵を一名は確実に仕留められるであろう。しかし、その代わりに自分が死ぬ。1対1では効用が少ないのである。あいにく、彼は放電の技を覚えていなかった。この状況で使えば多大な戦果を挙げられたことだろうに。
残されている選択肢は多くない、その中で何が一番合理的か、彼にはすぐに分かった。


――本日05:00。作戦状況ハ絶望的、自軍ノ損害甚ダシ。各小隊トモ交信取レズ、マタ、小官及ビ各小隊戦力ハ、任務続投ノ為ノ能力無キト判断。コレヨリ小官ハ最後ノ大爆発ヲ決行、敵軍ヘノ一矢トナル。ドウゾ御武運ヲ、ラスコリニコフ大佐殿――


司令部に打電し、敵兵たちが遠ざかり、自分を見ていないのだと確認すると、掛けられているこだわり眼鏡を外した。そして、己の安全装置のピンを引き抜く。そうすると、ジバコイルは余りの嬉しさに心の中で微笑んでしまった。これが待ち望んでいた死か。何ともうっとりするほど、たまらなく甘美ではないか。欲を言えば、もうちょっと味わいたいものだ。

・・・瞬間、意識が飛んだ。





 繰り広げられる拷問の数々を、眼を背けずに私は直視していた。確かに眼を閉じれば、この辛い現実から逃げられよう。しかし、そんなことはできない。それは今も懸命に戦い続けている彼女を裏切る行為になる。今できることは、彼女を信じることと、そして、どうにかしてあの拷問を私に代われるかだ。

「まだ耐えられるのか。良い部下を育てたな、ハンター。あんなに根性がある女はそうそういない。
見ていて、産毛が逆立つほど健気だろう?国のために死ぬということは、この美徳や自己犠牲の精神のことをいうんだぜ。街頭で元気にデモやったり、徒党を組んで、言葉に酔っぱらっちまった自分を見失って、街路をさまようことは“愛国”なんかじゃない。こういう精神のことをいうのさ。
そういや、脇から見るとまだ男を知らないって顔だな、あのコジョンド。もしかして、初めてか?
・・・ほほ−う、これは一等面白いモノが見れそうだな、フフッ!アハハッハハハ!!」

「大佐ッ!やめさせろ!今すぐにやめさせろ!私の事はどうしても構わん。お前の捕虜になって醜い拷問を受けよう。だが、あの娘は私たちとは関係ない!だから、あの娘だけは・・・」

その時、大佐が襟を掴んでいた私の手を振り払い、椅子に座った。「ああ、皺になったり、伸びたらどうすんだよ」と小さくつぶやく声がして、言葉を続けた。

「なんだ、情があったのか。まあ、そうだ。お前の言う通り、あの可愛いコジョンドは関係ない。だからこそ、ああするのさ、フフッ」

顎の下の無精ひげを弄り、笑いをこらえながらヤツは答える。クソが、何を言っても無駄なのか。私は机に置かれたすべてを床に掃き捨て、立ち上がった。

「何も知らないあの娘を巻き込むことの何が戦いだ、ふざけるな!この狂人め!!」

「狂人か・・・耳にタコができるほど罵られた文句だな。でも、そいつはお前も同類じゃないか、兄弟。
何も知らないだと?フハハ、だったら、尚更好都合じゃないか。『無知は罪だ、人はその報いを必ず受けねばならない』。だからよう、アダムもイヴも満面の笑みで禁断の木の実を口にしたんだ、狡賢い蛇に唆されてな。」

この男はああいえばこういい、こういえばああいうのだろう。根拠のない理屈をこねまわし、それを捨てない限りこの男に他者は理解できない。

「聖書を愚弄するつもりか!この悪魔めェ!ぶっ殺してやる!」

「ああ、頼むからそうしてくれよ。俺もさ、実のところ早く死にたいんだ。お前が俺にとどめをさすんだ、ポケモンを使わずに、その手でな。
だが、その前にちょっと考えてみろよ。人と同じように、悪魔だって、手前勝手な目的の為に聖書を引用するものだぜ。」

にやりと皮肉な笑みを浮かべ、ヤツは私を力強く睨む。私はこの男の言動よりも、言い返せなく、そして何もできない自分の無力さに深く絶望した。





 ぼーとした思考が頭に渦巻いていた。声も音も、言葉ですらも・・・何もかも縦横に、ぐるぐると空間を回転しては、浮遊して、それは次第に途切れる。身体があてもなくフラフラと薄い霧に漂っているみたいな・・・
敵に側頭のこめかみ辺りを注射針のようなもので刺されてから、どうもおかしくなってしまった。大地がグラグラと左右に揺れているように見え、真っ直ぐと立つことが出来ず、眼を開けていることすらもおぼつかない。
でも、不思議と痛みは感じなかった。刺された側頭にも、手錠を掛けられてつるされた腕にも、痛みは少しも感じられない。その代わりに、刻々と、ゆっくりと、恐怖が私の中に入ってくる予感がずっとしていた。
必死に抵抗しようとするが、足と腕が鉛のように重く、四肢を持ち上げられない。踏ん張ろうとする力が、一片の破片も許さずに重力にすべて吸い上げられている。私は諦めて壁に身体を預けた。すると心が落ち着き、身体も少し楽になったような気がした。

瞼が少し言うことをきき、伏し目がちに敵の方を見た。ピンク色に薄く、ピンぼけた視界の中に写ったあいつは、カチャカチャとガン・ベルトを外し、ズルっとズボンのチャックを下していた。なぜか、今はあの貫いていた無表情ではなく、笑顔を浮かべていると私には思えた。グワングワンと頭の中に金属音が反響して、覚めない悪夢を永遠と繰り返して、自分すらも見失うのって、こんな感じなのかな?
ああ、私はこのまま暴行され、弄ばれた果てに殺される。平衡感覚を失って、もはや上も下も、右も左も分からなくなった私に残されているのは、辛うじて保っている意識の中に逃げることだけだった。朦朧とした意識の中で私は彼の名を呼んだ。


少佐ぁ・・・ごめんなさい・・・私ぃ・・・もうダメです・・・許してください・・・私の指揮官・・・私の大好きな人・・・私のことをずっと信用してくれた大切な人・・・私は彼の恩に報いることが出来ず、こんな海の底のような冷たい場所で死ぬんだ。


敵が私の胸を荒っぽく掴み、既にボロ絹となっていたタンクトップを引きはがした。はだけた胸を見られる恥ずかしさよりも、悲しみとやるせなさが私の胸を支配していた。


・・・もう、いいじゃないか。勢いよく掴まれた反動で、首を前にカクンと力なく揺らしながらそう思う。私は充分に頑張ったんだ。こんなにも強い敵にわずかだがダメージを与えた。それで結構なのではないのか・・・?
でも・・・死にたくない。死ぬのは悔しい・・・死にたくなんかない。こんな形でなんか絶対に死にたくなんかない。死んでたまるものか!たまるものか!


――不甲斐ないなあ。遊ばれているじゃないか、コジョンド。君はそんなに弱かったか?私の記憶にはまったくとないぞ。諦めるな。絶望の底にいるときにこそ、どんなことも可能性になる。


私の気持ちに呼応するかのように、突然脳裏に彼の言葉が浮かび、ハッとして目を開けた。至近には、彼ではなく、少し驚いたような表情を見せているエルレイドが写る。
私は足でエルレイドのそれを払い、後ろに仰け反ったその隙に、手錠を引きちぎって立ち上がり距離を取った。自分でも驚くほど、身体が軽くなっており、俊敏に動けた。


私はまだ“戦える”、それは愛する彼のために――肉体の回復とともに、わずかだが希望が生じた。職務遂行の希望だ。わが身を捨て、隊の名誉を守るための希望だ。体力はあとわずかに10にもない。攻撃ももう一発喰らえば私は確実に死ぬだろう。でも、そんなことが問題なのではない。私は彼の信頼に報いなくてはならないんだ。今はその一時なんだ。持てるすべてを投企し、全力で戦え!コジョンド!!
・・・その刹那、私の鼻先を鋭い葉の嵐――リーフストームが掠った。

Re:The devil is in the details. ( No.194 )
日時: 2015/12/20 00:30:44
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:y63nkMMw


 私が撃ったリーフストームは、コジョンドに近づいていたエルレイドに不意を突けなかったようだ。あえなくかわされて、距離を取った敵は、驚きとも喜びとも表現しそうな表情を浮かべていた。

「じゃ、ジャローダさん!?どうしてここが・・・」

問いかけるコジョンドは、眼を疑うまでにひどく傷つき、半裸に近い格好に成り果てていた。特に露わになった腹部からの出血が痛ましく、私は持ってきた回復の薬と、自分の上着を彼女に手渡しながら

「エシュロンというアプヴェーアの将校さんが、私にここの場所を教えてくれたのよ。それでヘフテン曹長が運転する車両でここまで来た。それに・・・あなた一人じゃ心配だったの、コジョンド。」

私の最後の方の言葉に、彼女は少し照れていた。彼女に軍服を着なさいと促しながら、私は己の嘘に恥を感じた。本当を言えば、彼女よりも少佐の方が気がかりであったのだが・・・今はそんなつまらない私情を交える場合ではない。それに、彼女はこんなにもボロボロになりながら戦っているのだ。今ようやく理解した。私は彼女の事を少し誤解していたのだ。私も好きな少佐に好意を寄せている幼いライヴァル(=小娘)・・・ではないのだ。いつも、戦場にいて、捨て身で必死に自分よりも体躯が倍近く離れている、こんな相手に勇敢に戦っている。少佐が一目置くのは無理もない。彼女は強い。ただ隊のために戦う彼女は、私たちが誇るべき仲間なのだ。
それに・・・私も彼女も少佐を想う気持ちは同じなのである。ならば、手を組まない理由なんてない。一緒に目の前にいる強敵を倒そう。

「状況をお願い、あなたが苦戦している相手なのは分かっているけど。詳しく。」

「やぁ、ヤー。相手は一体。エルレイドです。あのエルレイド、何か特殊な道具を使って攻撃を無効にし、こちらのカウンターを取ってきます。気を付けてください、並の相手ではありません。」

すごい傷薬で体力を回復しながら、彼女は話した。なるほどな、それは苦戦するはずだ。何かしらの道具で有利な立ち位置を造りながら、タイマンで殴り合うのは、確かに分が悪い戦い方である。加えて、目の前にいるエルレイドの具体的な情報は、一度手合わせたドリュウズから少し聞いていた。いわく、光の粉らしきものが私たちの最大の脅威であると。
今までの情報をすべてつなげれば、どんな作戦が一番効果的か、私にはすぐに分かった。できる、“私たち”ならできる。私の頭脳と彼女の力を合わせれば、こんなちゃちな小細工(トリック)を使っている相手なんて、赤子の首をひねるように、簡単に倒せる!生兵法は大けがの元であることを、ここでヤツに教練してやらねばならない。

「コジョンド・・・耳を貸して、今の話を聞いていい案が思いついた。」





 エルレイドは二つのことに驚きを感じていた。一つはこの新たな増援について。そしてもう一つに、この場所が発覚したことについてである。
ソ連軍内部でもこの場所に明るい者は皆無と言っていい。徹底した隠ぺい工作や実験体などの証拠隠滅、通信記録の抹消etc・・・それであるはずなのに、なぜこのドイツ軍に所属する一大隊の者にこの短時間で、いとも簡単に暴かれてしまったのか。もしかすると――我々は敵の諸能力について、低く見積もりすぎていたのかもしれない。悪魔は細部に宿らないことをただ願うばかりである。
まあ、そんな誤算は比較的どうでも良いではないか。今、この時にまとめて始末すればいい話であるのだから。しかし、2対1というのは分が悪く、しかも、相手の一人には、彼が一番不得意とする耐久型のジャローダが存在している。ここはまず、トリックルームを打ち、先手を取るべきであるのが良い手であろう。

しばらくして、小声で話していた敵の反撃が始まった。コジョンドは前進し、ジャローダが後方で何やら特殊な構えをしている。支援のための補助技を打とうとしているのか?あの草蛇が打てる補助技は主に“へびにらみ”であるが、ここで麻痺を貰えば最悪受けの一方に転じてしまう。ここはトリルよりも攻撃である、ジャローダに対しての。

前進してきたコジョンドを光の粉の反射を利用して素早く切り抜け、後方に待機していたジャローダに向かってインファイトを放つが、浴びせる拳に堪えた様子もなく、目の前で緑色の閃光が炸裂した。
・・・体力回復のためのギガドレインか?と思ったが、こちらにダメージはなく、無傷である。しかし回復技であったのは、続く攻撃で明らかになった。
ふと、後方に気配を感じ振りむくとそこには、先ほどのコジョンドが歩み寄っており、エルレイドはいつもの如く、粉を使い、攻撃を回避しようとしたが、なぜか足が動かなかった――そうか、あの技は“根を張る”だったのか。至近まで来た彼は哀れにも彼女の根に足を取られていた。

「コジョンド!今よ!」

ジャローダの掛け声に合わせて、鞭のように長い体毛が彼のすぐ目の前に来た。縺れ、絡みついた根はそうは簡単に振り切れるはずもなく、もぞもぞしているうちに、コジョンドのはたき落とす攻撃が彼に直撃した。この技は威力の少ないモノではあるが、相手から道具を奪う追加効果を持っている。攻撃の反動で身体が後方に吹き飛ばされ、それと同じく足が根から解放されて、少し楽になった。そして、彼は何とか姿勢を崩さずに、マウント・ポジションを保持した。
クソ、女のくせに結構やるな・・・
先ほどのインファイトで防御が一段階下がった彼にとって、その攻撃は充分な痛手となった。また滲む傷口から光の粉が流れ出し、キラキラと美しい鮮血を床にまき散らしており、彼の最高の武器が今、無効になってしまった。これはダメージよりも由々しき事態である。戦車であるなら大砲を、航空機であるなら旋回能力を、軍艦であるなら機動力を奪われてしまったのである。

コイツは不味い・・・彼は一か八か、最後の足掻きとしてトリックルームを打つ姿勢に入った。この1ターンを耐えきれば、俺の勝ちだ。





 ジャローダさんが来てから戦局は大きく好転しました。今まで劣勢の一途であったのだけど、今はこちらに流れは味方しています。
たったいま起きたことが何なのか、それが最後までわからない――けれども、これから何が起きるか、それだけはいつもわかる!
陽動のためにジャローダさんがリーフストームを放ち、並行しながら、そして紛れながら敵に接近し、間合いを待つ。鋭くとがった葉を回避した敵が来るであろう射線――私はそれをひたすら待っていました。

「・・・!?」

「あなたは私がやっつける!・・・テヤァアアア!!」

側面に忍び寄り、直近まで引き付けた敵の驚く表情を待たずに、私は飛び上がりました。光の粉が無効化された今、敵は対空機銃が破壊された丸裸の空母に近い。懐に飛び込む勇気さえあれば、事は足りる。ズボンのポケットに入れていた飛行宝石(ジェル)を噛み砕き、私は狙いをしっかりと定めた。この一撃で勝負をつける。
ここが天井の高いアトリウムで良かった。“この技”は屋外で戦うためのものだから――天高く舞い上がり、視線がそこに移る前に地上の敵に向かって、60°前後の降下度を保持したまま、一気に着地する。“急降下爆撃”とあだ名されている“アクロバット”が、エルレイドに直撃した。攻撃の威力は砕いた飛行宝石が底上げした甲斐もあって、敵の肢体をバラバラに粉砕し、肉片となった彼である物が辺りに血しぶきを上げながら、四散しました。

勝てた・・・瞬間、私の中で今まで溜まっていた疲労が、一気にあふれ出してくるような感覚がして、ふらっと床に倒れそうになりましたが、ジャローダさんが肩を貸してくれ、なんとか立っていられました。

「よく頑張ったわね、コジョンド。かっこよかったわ。フフッ」

大隊の参謀長であり、憧れの女性でもある彼女に褒められて、私は嬉しくなって少し顔を赤らめてしまいました。フラフラと肩を寄せ歩きながら正面の血で汚れた扉へと向かう。

「少佐を探しましょう。早くしないと間に合わないかもしれないわよ。」

ジャローダさんはそういい、アトリウムの出口の扉を勢いよく開けました。窓ガラスから籠れるのは、薄闇に彩られた夜明けの静けさ。日の出が間近に迫った暁の光――ああ、ずいぶんと長く戦っていたんだ、と今更ながらに思ってしまった。
少佐ぁ・・・今、あなたのもとへ行きます。どうかご無事でいてください。

Re:Haha, watch your six !! ( No.195 )
日時: 2016/01/22 19:19:19
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q


 メガ・ガブリアスが撃った地震は、辺りのすべてのモノを吹き飛ばし、粉砕した。大地を大きく揺らして地球を止めるかのような、天を落とすかのような、それほどまでに力強いものだった。守りのタイミングが一秒でも遅ければ、危なかった。

「今の地震で後方支援をしていたヤツらを仕留めた、恐らくな。
俺は幕を引きに行く・・・“すまない”なんて言えない。言えるはずがない。でも・・・もしこの夜明けをうまく切り抜ければ、これまでの運命を変えられる気がするんだ。もう俺は逃げない、逃げていない。
少佐とジャローダ、コジョンドを助けに行く。場所は恐らくあそこだ。」

ガブリアスはそういい、首を深々と下げた。オレの攻撃で傷ついた右腕からは、生々しい断面が見え、ポタポタと鮮血を垂らして、永久凍土を汚している。

「やっぱり・・・お前は強いわ、ガチでやり合えば勝てっこなぇわな。」

オレたちは無言のうちで抱き合った。互いに血と汗の臭いで溢れ、その独特の臭いが鼻いっぱいを支配した。寒空と荒野の臨界線が白み始め、暗く長かった夜が静かに終わろうとしている。もう直に朝日が上がる。朝日を待たずとも、この無言は何もかもを語り尽くしていた。沈黙の中では確かに人は生きられない、でも生き続けなくてはいけない。そんな難しいことはできるはずがない?でも、生き続けよう。俺たちは生き続けなくてはいけないんだ、まだ見えぬその最後の日まで。


――幾千の声を持つ多様なもののための同じ一つ声

――すべての水滴のための大海

――すべての存在者のための存在の喧騒


天はすべてを見守り、大地はすべてを肯定するのだ。もう二年以上も東部戦線にいるが、眼前に広がる灰色の寒空と荒野を好きになったことは、一度もなかった。けれども、この最後の最後で、それらがたまらなく愛おしくなった。死んでいった戦友たちが眠っているせいなんだろうか、それとも・・・
不意に互いに見上げた寒空が落ちてくる。オレもガブリアスも、男のつまらない意地のためか、涙を見せたくなかった。このところ、泣いたり、傷ついたりしてばかりだ。かっこ悪いな、畜生・・・ボロボロなろうが、PPが尽きようが、オッズが見放そうが、“オレたち”は胸を張って立ち上がり、互いの道を歩み、一緒に立ち向かってく。このすべてのことが崩れてしまった寒空に立ち向かうために。

「もう時間がない・・・これで終わりだ、オノノクス。俺の友でいてくれてありがとう。お前の友であって良かった・・・本当にありがとう。」

「ああ。」という返事も待たずにガブリアスは穴を掘り、行ってしまった。
ふと、背後に“誰か”の気配がする。その正体は見なくても、充分、オレには分かっていた。

・・・今は何も言わないでくれ、サザンドラ。





 炸裂した大爆発にアタイは飛び込んでバリアーを張った。頭の悪いアタイでも、土壇場では脳みそは驚くほど回転するもんで、早い判断が影響してか爆風から隊のヤツらを守り切り、ぎりぎり間に合ったみたいだった。

「ちくしょぅう・・・ドジったぜ・・・」

大爆発の威力はとんでもないモノだった。元々耐久力がねぇーアタイに受けきれるモノじゃないのは百も承知。ただ、姉様やこのクソガキをこんなところで死なせたくなかった。理由はそれだけだった。

「にゃ、ニャオニクスさん・・・!?」

花売り娘が驚いたような表情でアタイの名を呼ぶ。良かった、被弾してなかったみたいだ。身体がちっこいからよう、心配したぜ。
アタイは泥の海に倒れた。泥は柔らかく、まるで死へと導く毛布みたいだった。見上げた寒空はどんよりと鉛で出来ているみたいに重いが、もうじきに朝が来る。どんな酷い昨日を過ごしたって、必ず輝く朝日は昇って、お前さんを照らしてくれるさ。良いときも悪いときも、嵐の日も大雨の日も、お天道様はお前さんを優しく見ている。

「どうしてぇ・・・どうして私なんかためにぃ・・・」

アタイの傍らで頭を下げながらやっこが問うた。語勢からして泣いてやがるな。泣くなよ、泣きたいのはこっちだぜ。手りゅう弾みたいなもん、もらっちまったんだからよ。メチャクソいてぇーんだぞ。

「ヴァッキャロ・・・きまってんだろうが・・・お前が美人だからだよ・・・アタイは美人に弱いんだぁ・・・」

冗談のように聞こえるが、実のところマジだ。姉様もお前さんもハッとするような美人だ。アタイはその美貌に野郎の如く惚れちまったんだ。大事にしろよ、それはお前さんだけのスペシャリティーだ。
続々と隊の仲間たちがアタイのもとに集まって来た。声を出したのに、まったく出せない。喉がいかれやがったな、畜生・・・
今の今まで、クソみたいな人生だった。クソにまみれて生きてきたようなもんだ。でも、そんなクソみたいなアタイでも、最後の最後で人並みとは言わねぇーが、良い“シメ”が飾れた。感謝するぜ、中指たてながら十字を切ってやる、○ァッキン・クライスト。

身体の感覚が徐々に薄れて来て、泥の海と一体化しようとしてる。肉がゴワゴワと強張ってきた。ああ・・・死にたくねぇなあ・・・もうちょい、アイツらと一緒に戦ってみたかった。
姉様・・・ありがとう。アタイがまともに生きられるようになったのは、あなたのおかげだ、どんだけ感謝してもしきれない。死ぬことを許してくれ。
ヤミラミ、飯の度にフォークを刺してすまなかった。お前の補助技は隊の要なんだぜ。これからも姉様をよろしくな。

クソォが・・・瞼が重くなってきやがった。わりぃ、先に逝ってるわ・・・墓にはバカルディを一本、毎日ぶっかけてくれると助かる。ラベルはあれだ、アタイがいつも飲んでいるヤツだ。

・・・んじゃ、頼んだぜ、花売り娘。





「マジかよ・・・あのエルレイドまで・・・」

コジョンドのアクロバットを喰らい、もはやポケモンのそれではない形になった四肢や体躯を見て、ラスコリニコフはしばらくの間、唖然としていた。どうやらあの一撃は、ヤツの酔いをも冷ませたようだ、良かったな。
もうすぐ私の戦友たちがここに来る。それまでにやらねば・・・

「ホオジロザメの狩りの仕方を知っているか――アイツらの仕留め方って、まず獲物の身体を一噛みして、あえて放すんだ。そして、逃れようと獲物が動き回り、出血多量で弱るのを待った後に止めを刺す――実を言うと俺もそういうのが好きだ、なんせ俺がこの世で一等好きなものは、人がもがき苦しむ、あの醜い断末魔だからな。あの刹那に人間の本性が妙実に描かれている。まあ、傷は完治しかけた時に広げるのが一番効くものだっていうしなぁ・・・」

こういうことを、茫然自失というのか。衝突に、サメの話をし始め、文脈が飛躍して自身の信念へ・・・言葉が縦横に浮遊して、何を言いたいのかさっぱりと分からない。
なるほど、エルレイドは彼にとって、最高の切り札だったのだろう。それが今、無様にも私の戦友たちに敗れて、彼の計画は完全に終わりを迎えようとしていた。いや、終わりなのだ。

“悪魔は細部に宿る”――確かに完璧な作戦は立てられよう。しかしそれは、見逃していたほんの些細なことが、実は大きな問題の原因だと分かった時に、つまり、最後の詰めの段階で、予想外の困難に直面することに対して、それを回避するための、何らかの手段を予め内に控えさせておくことである。

そして、この動揺を隠しきれないということは、文字通り、私の“チェック”を意味していた。

「お前はいったい何を“証明”しようとしたんだ?さあ、今までのように饒舌に述べてみろ。
まさか・・・誰もがお前のように心の奥底では利己に生き、他者を手段としてでしか用いない“醜いサメ”だってことを、か?フン・・・笑わせるなよ!
安心しろ、“ラスコリニコフ大佐殿”。醜く狂って、社会から仲間はずれにされているのは、お前一人だけだ。」

「・・・はぁー。これだから、最近の若い連中は使いモノにならん。なんでもかんでも自分でしなくちゃいけないなんてよォ、おかしな世の中だぜ、まったく。
・・・いつから世界は、巨大な精神病院に化けちまったんだろうな、“少佐”?」

私の言葉に耳を傾けていないのか、大佐は、エルレイドの死体を侮蔑の籠った眼差しで見つめながら、徐に立ち上がった。
――その手に拳銃が握られていることに気づいたときにはもう遅かった。

「人の出会いはいつだって“皮肉”さ、これが現実か・・・んじゃあな。」

ヤツはそういって銃口を私の方に向け、寸部の躊躇もなく引き金を引いた。


――バァン!
Re: ある男の肖像 ( No.196 )
日時: 2016/01/22 19:19:38
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q

――ある男の肖像――


 その男が17歳の時に、国が共産主義国家に変わった。



絶対的な権力を持っていた皇帝一家は銃殺。金持ちの資本家も国外へと追い出され、農奴であったその男の家族も解放された。
人々は皆、歓喜した。人々は皆、アジアの東の片隅の、ちっぽけな島国の新興国に、無ざまに負けを喫したこの惨めな国が良い方に変わると思っていた。
奴隷のような扱いを受けていた人々が権力を握ったのだ。痛みを知る人間こそ、権力の愚かさを知る。ついに、来るべき理想の共産主義社会が到来したのだ。

――しかし、希望も理想も、何もかも、すべて赤く染まっていった。

度重なる離反と造反。人類初の共産主義国家の運営は失敗に終わった政策が多く、そのたびに多くの人々の血と労働が代償となった。
そして、権力を握った労働者はその権力を手放さなかった。

一度味を占めただけに、その味に執着を覚える。人は“人食いザメ”だ。彼らは人の味を知ってしまったのだ。


男はその高い知能と忠誠心を買われ、赤軍の督戦部隊を率いるようになる。督戦部隊とは身内の裏切り者を処罰する部隊である。

男に迷いはなかった。共産主義国家は誰がどう見ても全人類理想の共同体であり、その素晴らしさは疑う余地がなかった。
その人類の栄誉に値する共産主義革命を妨げる者なら、誰構わずに捕まえてシベリアに送り、強制労働に従事させ、時にはその場で銃殺することもあった。

これは“必要悪”なのである。これは革命に従事する者の必要最低限の務めなのである。


「世界は神が作ったのではない、労働が作り上げたのだ。」マルクスのこの一節に若かった男は深く魅了された。自身の疲労や心労などは大義の前では無意味だ。


なぜ、最低生活を余儀なくされている賃金労働者が、自ら進んで権威に服従しようとするのか。


なぜ、貧困を強いられている人間が、抵抗や連帯ではなく、大衆文化が与えてくれる低俗な慰めに満足を求めるのか。


なぜ、搾取されているプロレタリアートが、搾取しているブルジョアに激しい怒りではなく、恍惚な憧れを抱くのか。


なぜ、少数の富裕者と多数の貧困者との格差が目に見えて広がっているのに、無能な政府はその格差を拡大する政策を行使し、大多数の人々が賛成をするのか。


現代社会の根底にあるこの問いかけに、マルクスのテキストはすべて明確で、明晰な答えを出していた。男はその言葉の強さに心酔した。

男は心血を注ぎ、国家に奉仕した。怠惰な人間は半分、サルである。彼は“言葉”に従い、方向を見失った革命に、些細な違和感を持っていた自分の両親、兄、妻子、友人のすべてを、国家に突き出した。

揺らがぬ覚悟が男を動かした――いや、家族を手にかけた時点で男には、もう後に引くことなど出来なかったのだ。



・・・気づけば、誰もいなくなっていた。男は一人ぼっちになってしまった。



男が三十半ばを超えた頃、同盟国であったドイツが突然国境を越えて侵攻してきた。男は驚いた。ポーランドで共に戦ったこの国の強さを十分に理解していたからだ。このままでは国が解体してしまう。血と言葉(=嘘)で築き上げられたこの国が、人種差別などと幼稚な思想で紡がれた国に滅ぼされる。それは、自分の人生をすべて失うのと同義であった。
極限の状態に置かれた人間はその潜在的な善悪の基準に左右されることはなく、目の前で起こっている事象に対して最善の手を打つ。

男は“言葉”に報いようとした。それが・・・男の人生のすべてだった。



――言葉(=思想)を愛し、そして愛された、ある男の肖像――






―――バァアン!!

鋼鉄の扉が吹き飛び、それは身をかがめていた私にではなく、大佐に直撃した。
恐らく、コジョンドのけたぐりか、ドレインパンチの類いであろう。まったく、可愛い顔をして凄い力だ。

「少佐ァ!!」

「少佐ぁー!!」

ジャローダとコジョンドが傷だらけの私を見てそうまくしたてる。銃弾は頬かすっただけで、致命傷ではない。

「まったく・・・御早い到着だなァ、ジャローダ、コジョンド!」

私はジャローダに肩を貸してもらいながら、立ち上がり、重い扉の下敷きになって痙攣している大佐を見た。どうやら、あの一撃でヤツの動きは完全に奪われたようだ。しかし、この状況にもかかわらず、ヤツは不適極まる笑みを浮かべて天井を仰いでいる。

「“チェックメイト”だ、大佐。これが貴様の“負け”だ。私が育てた女を甘く見るな。」

ヤツが放った銃弾は照準が狂っていたのだろう、それが幸いした。私の頬をかすめ、切り傷をつくっただけにとどまった。私は一筋に垂れる血を拭ってヤツを睨んだ。

「そぉ・・・そのよう・・・だな。い、いやいや・・・“まだだよ”。まだ終わっちゃいないぃぃぃい。でもなァ、俺も・・・今日は、さすがに少し疲れたぁ、ああ、畜生。」

今までに溜まった体中に走る痛みに耐えながら、よろよろと歩き、床に転がっている拳銃を拾ってヤツの元に向かう。やるべきは一つだ。この手でケリをつける。

弾がずれていては適わん。暴発が怖いので、スライドを引き、弾を装填し直して、トリガーに指をかける。大佐はその様子を嬉しそうに眺めていた。チェンバーに装填されていた前弾が、床に落ちてカラン、カランと乾いた音を響かせている。

本当は私の方が殺されていた・・・貴様が相手なのだから、そういうことがあった。たいしたヤツだよ、貴様は。恐ろしく用意周到で、酷く賢い。時にはその鮮やかな手腕が美しく見えて、実に素晴らしい。また、野暮な兵士みたいに騒がない。私的な怨恨を越えて本当の敵として対峙する。そこには騎士の品がある。
貴様の唯一の誤算は私だけを殺そうとしたことだ。それが細部に宿った悪魔だった。
なあ、大佐。貴様のような相手は初めてだ。だからこそ、この殺意は本物だ。ナショナリズムも、共産主義も、国家社会主義も関係ない。この殺意は私自身の殺意だ。己の全霊をかけて、敵として対峙した貴様だけに向けられる本物の殺意だ。

「・・・そらぁ、かかって来いよ、ハンター。“どちらがどちらを殺してもいいさ・・・それが戦い”だ。・・・そうだろう?」

「ああ・・・そうだな。」

この絶望的状況下に置かれて、ヘミングウェイを引用するとは笑い種だな。まったく貴様という人間は、本物の化け物だ。狂った人食いザメだ。

――闘いとは魂の獲得に他ならない。貴様はそれを分かっていたのか?
拳銃を構え直し、横たわっている大佐の額にしっかりと照準を合わせる。大佐は黒い両眼を見開き、口を緩ませ、まるで幼子のような笑みを浮かべた。

「・・・また遊ぼうぜェ、ハンター。今度は絶対に負けねぇ。」

「フン・・・いいや、二度とごめんだ。
・・・さあ、大口を開けて笑え!このクソ野郎め!」

――私は十分な殺意を込めて、トリガーを引き絞った。

Re: 鉄十字と ( No.197 )
日時: 2016/01/22 21:21:21
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q

 
 放った銃弾は大佐の眉間を貫き、頭がカクンと前後に揺れた。そして、血がコンコルド広場の噴水のように噴き出し床を汚して、完全にヤツの息の根を止めた。死に顔は安らかとは程遠く、とびきりの笑顔で随分と狂気じみていた。こんな死に顔を見るのは、ヤツで最後にしてほしい。私は心の底から願った。

「終わったな・・・」

疲労が一気に身体中に駆け上がり、私は思わずよろけると、すかさずにジャローダが私を支えて、コジョンドは自分の水筒を差し出してくれた。
礼を言い、水筒の水を少し飲んでから考えた。ヤツと私は驚くべき程に私と似ていた。まるで鏡の虚像のように、考え方も、傾向も、何かもかもだ。もし私がヤツの立場であるなら、この結末を想定して何を仕込んでおくべきか?

「少佐あ!大変です、敵の大軍が!」

突然、部屋に来たヘフテンが入るなりそう叫んだ。
・・・なるほどな、研究成果の放棄と兼用して教会ごと私を抹殺するつもりか。計算高い。そして、ヤツはどうしてもストロメイトに持ち込みたいようだ。私と同じで負けず嫌いも似ているとは。私は少し苦笑してしまった。

「詳しく話して、ヘフテン曹長。」

「レーダーに感がありまして、その数は二個連隊以上だと思われます。すべてソ連軍のシグナルを発しており、ものすごい勢いでこちらに向かってくる点もあります。おそらく航空戦力でしょう。ここまで来た車両を使っては逃げられませんよ、少佐・・・どうしますか」

辺りに絶望が漂う。敵は二個大隊、しかも航空機による支援もある。こちらは私とヘフテン、そして傷ついたジャローダとコジョンド。たったの四名だ。

「・・・御心配には及びませんよ、少佐殿。」

その時、暗い廊下から声が聞え、その姿が露わになる。

「ガブリアス・・・!」

それはガブリアスだった。メガ進化ではなく、元の姿に戻っていた。右腕は半分吹き飛ばされており、血がポタポタと流れている。
彼の姿を見て、反射的にジャローダとコジョンドが身構えた。

「どうやら、見つけたようだな。」

私がそういうとガブリアスは微笑み

「はい、亡霊のまま、悪霊のまま、死ぬなんて成仏できませんから。
今まで戦場を彷徨っていましたが、ようやく自分の道を見つけることが出来ました。ありがとうございます、少佐殿。あなたは間違っていなかった・・・」

彼に敵意が無いことはなぜか私には分かっていた。ガブリアスはそのまま、私とジャローダを見つめ、ばつが悪そうに頭を下げる。そして

「少佐殿、俺がここに来るために掘ったトンネルがあります。場所はこの廊下を抜けて、右手に見えるワインセラーに用いられている地下室です。それを使って脱出してください。俺は尻を拭います、今まで自分がやったことの・・・行ってください。」

といって廊下の奥を指さした。私たちは敬礼をして、廊下に垂れた彼の血を手掛かりに地下室に向かった。



ガブリアスの言う通り、廊下をしばらく歩くと地下室へと続く石の階段があった。降るとすぐに、ワインのあの心地よい香りと木の樽の澄んだ臭いが鼻を突き、緊迫した心情を少し和らげてくれた。蝋燭の明かりだけが照らすそのワインセラーは、どこかロマンチックな趣があり、大佐のお気に入りの逸品が寝かされていたのだろう。地面に眼をやると大きく穿った穴があり、周りには棚に並べられていたワインの瓶が数本、地面に落ちて砕け散っていた。香りのもとはこれだったのか。もったいないものだ。

「よしっ、さあ行け、私が殿を務めよう。」

そういってヘフテンの肩を叩く。ヘフテンは頷き、穴に入っていった。彼が行ったことを確認して、私はジャローダとコジョンドに

「君たちも行け、私が敵を引き付けるための囮になる。これが本当に最後の命令だ。」

といった。不思議と気分が良かった。ワインのせいではないな、これが死ぬことを決意した気持ちなのか。





「私も一緒に戦います!お供させてください」

私は力強く彼にいいました。それはここで戦死することを意味しています・・・でも、不思議と怖くなかった。愛する彼と一緒に戦い、供に散れるなら、本望です。そんなことよりも、迫りくる敵の大軍を前に、彼を置き去りにして逃げるなんて、私には考えられなかった。
私の返事を聞いて、少佐ぁはため息をついてから頭を掻いた。そして、私の方を真っ直ぐと見て

「コジョンド・・・少し眼を閉じてくれ」

と、眼を閉じるように促しました。私は素直にこっくりと頷き、眼を瞑る。何やらユキノオーに飛ばされた第一ボタンの辺りを弄っているような・・・えぇ!?ちょっと、少佐ぁ!?
急に背中がゾワゾワしました。もしかして、少佐ぁ・・・ようやく私の気持ちに・・・

しばらくして、「もういいぞ」という彼の言葉が聞え、私は眼をあけました。

「コジョンド・ヒューイ二等兵。貴官の勇敢且つ偉大な働きに、大隊を代表して指揮官である本官が、敬意と感謝を表す。」

ふと自分の襟首に視線をやると、そこには彼の騎士鉄十字勲章が飾られていました。気のせいかもしれませんが、巻かれたリボンには少佐ぁの臭いが幽かにするような・・・

「しょ、少佐ぁ・・・?」

「・・・なんちゃってな。これを受け取ってくれ、私の可愛い“コゼット”よ。」

その時、思いました。本当にこれで終わりなんだ、お別れなんだ・・・気持ちの整理が追い付かず、今にも泣き出しそうな私に彼は

「そんなクシャクシャな顔をするな、可愛いのにもったいないぞ。君に私の武功を託した、大事にしてくれ。
あと私の事はできる限り、忘れるのだ、君はまだ若い。人生のほんの寸部も知らない。君には私ではなく、きっと心から愛せる者が現れるはずだ。今、この瞬間、私の父親としての役目はもう終わった。君は立派な大人だ。これからは君自身が選択し、責任を取る厳しい世界が待ち受けているだろう。何か辛い目に遭った時、もうだめだ、と思った時に、この勲章と私と過ごした時間を思い出してくれ。それはきっと、君を強く支え、如何なる困難からも君を守る防護壁となる。
今まで私の事を愛してくれて本当にありがとう、私も君の事が大好きだ。だからこそ、君には生きて欲しいのだ。
大隊一の勇気を持つ、若きコジョンドよ。今までの君の活躍に深く感謝する。」

そういい、頭を優しく撫でてくれました。武骨な、乾いて硬い彼の手・・・視界が湧きだした涙で潤み、ぼやけて何も見えない。気づけば、彼に抱き付いて、私はわんわんと幼い少女のように泣いていました。

「さよならだ、コジョンド・・・さあ行け、早く!」

私を抱きしめた彼は手を引いて穴倉に誘導しました。一歩一歩、ゆっくりと、別れを噛み締めるかのように歩み、穴倉に入るとき、私はたまらなくなって、天を見上げ叫びました。

「少佐ぁ!!」

「・・・なんだ?」

「私ぃ・・・結婚しても、いつまでも待っていますからね。」

私は涙を拭い、精一杯の笑顔で、彼に敬礼をした。その言葉に彼は少し困ったような表情を浮かべ、しばらくの沈黙ののち、敬礼を返して

「それは楽しみだ、もしかしたらまた会えるかもな。フフッ・・・」

といい、見送ってくれた。前方を見れば、先が見えない暗く長いトンネルが広がっている。それはまるで、私の未来のようでした。

Re: 貴官の眼に映る未来 ( No.198 )
日時: 2016/01/22 21:21:51
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q


 コジョンドが行き、部屋には私と彼だけが残されていた。ここが教会であるからなのか、静寂と死だけが辺りに覆い、まるで私たちの、互いの気持ちを察しているかのように感じられる。
私も彼も、何も言わなかった。ただ互いを見つめていた。私の眼と、彼の虚ろな灰色の眼が重なり合う。たったそれだけのことで、言葉を用いらず、何もかもを、すべて語り切っていた。

ふと、私の頭に彼の副官になった頃の記憶が湧きだしてきた。前任者はバイエルンの訓練所で、私やオノノクス、サザンドラやガブリアスたちを指導してくださったエンブオー・マール軍曹。少佐に似て、厳しくもあり、思いやりも兼ね備えた彼の指導で、右も左も、何も知らなかった若い私たちは、戦い方の作法とそれに伴うべき肉体の両方を存分に鍛えさせてもらった。
1942年、彼がハリコフでパルチザンの爆破工作にあい、殉職し、後任として士官学校参謀コースを修了したばかりの私が選ばれた。

「君が私の新しい副官か・・・まあ、君の事は良く知っている、ジャローダ伍長。久しぶりだ、バイエルンの訓練所以来だな。」

新品の少尉の肩章を携え、銀色の飾緒を下げた私が執務室に入るなり、彼はそういった。机の上にある、ジルメルやハイデガー、ニーチェやデュルケームの書籍などが積み重なり、今にも崩れそうな谷の間で、彼は腕を組みながら微笑を浮かべて、私を待ち構えていたのだった。

「ジャローダ・フォン・アヴリル少尉であります、ご訂正を。
・・・こちらこそ、お久しぶりです、少佐殿。少しやせましたか?」

私はそう述べ、手を差し出して彼と握手をした。貧血気味なのか、びっくりするほど彼の手は冷たかった。

「元から痩せ気味だよ。そうか、少尉にまで昇進したのか、ほう・・・これは失礼した。ジャローダ少尉。今日から君に私の副官を任せる。さて、そこで質問だが、副官であるということは何を意味するか、君には分かるか。」

「はい、副官とは――」

私は学校で勉強したばかりのことを饒舌に、彼に喋った。今思えば、彼を深く幻滅させてしまったのかもしれないが、彼は「素晴らしい」と褒めてくれた。そのような気遣いとも優しさとも取れる“読み”が彼にはあった。

配属されて早々、東部戦線は、ベルリンに長くいて、士官学校で聞かされていた話とはまったく違う現状で満ちていることに気がついた。でも私はめげず、必死に仕事を覚えた。彼も熱心に勉強する私を支えて、信用してくれた。
そして、私は、徐々に少佐と一緒に過ごす中で、彼の隣で職務を果たすこと以外に、喜びを覚えていた。私は彼の事が好きになってしまった。このご時世、そして職業として、いずれは死に別れる仲であるのだと考えて、恋愛意識なんて持つべきではないと決め込んでいたのだが・・・どうやら私の理性は、彼の魅力に負けてしまったようだ。
そもそも、彼の魅力とは何だろうか・・・彼自身が認めているように、本当にダメなトレーナーである。いや、トレーナーだけに限ったことではなく、人としてもだ。ずぼらで、執務も書類整理も、中央から送られて来た資料や作戦計画も全部私に任せっきりで、自分はというと、読書と部隊の視察に勤しんでいる。軍服の洗濯も兵舎の掃除も、彼の健康管理も、何もかもが私の仕事だった。本当に世話の焼ける夫だ。何の長所もない・・・でも、だからこそ、私は彼に魅かれてしまったのかもしれない。


短所ばかりの彼は、長所ばかりの私を頼っていたのかもしれない。私がずっと彼を頼り切っていたみたいに。互い合わせれば、私たちはプラス・マイナス・ゼロだ。落ちれば上がり、その巧い巡り合わせが私たちの日々だった。
・・・時に、私が迷えば、あなたが道を描き、あなたが行く道を私が照らす――関係はまるで太陽(陽)と月(陰)・・・どちらかが一方も、欠けてはならないのだ。


「・・・少佐殿、それは承服できません。私も戦います・・・戦わせてください。」

私は涙ぐみながら彼にいった。





 必死に私の命令に抗議して死のうとするジャローダを私はぼんやりと見ていた。

もう時間がない。この素晴らしく賢い副官を説得するための、必要な時間はもう残されていないのだ。深夜を越え、朝日が昇ろうとしているこの狭間は、思考を鋭く、そして鈍化させる。コーヒーでも飲みたいところだが、贅沢はいえない。
腕時計でもやろうと考えたが、左腕を確認するとなかった。そうか、先にエシュロンにあげてしまったのだ。さて、どうすればいいのか。

彼女はきっと私に忠実なのだろう。それは職務としての私の副官ではなくて、私を、指示を仰ぐに値するトレーナーであるからだと認めているからだ。こんな恥じだらけの人生を歩んできて、惨めな後悔ばかりを残す私を信じて、命を賭してまで報いようとする。なぜだろう?もしかしたら・・・君は私の事を・・・

フフッ、なるほど。神もニーチェと同様に皮肉好きだな、ここでのそのような事実を分からせてくれるとは。

しかし、ここで彼女を犬死させるわけにはいかない。この死の礼拝堂で召されるのは、私と大佐だけで良い。

「私もここで戦います、最後の目覚めるパワーのPPが途切れるまで、あなたと・・・」

至近で抗議する彼女を優しく引き寄せ、私たちは唇を重ねた。一瞬、驚きとも、動揺とも受け取られるような彼女の表情が見えたが、しばらくして、彼女は目を閉じて私に身体を任せていた。度重なる戦いの傷だろう、苦く、鉄さびのような血の味が口内に広がった。

君の眼に映るのは、美しく輝く未来なのだろう。それは決して、大佐の漆黒の眼や私の乾き切った眼に映る虚像なのではない。そうだ、その眼が見据える未来だけは、他の何よりも価値があるものだからだ。死ぬより辛い現実がどれほど君を傷つけ、強襲しおうとも、君は絶対に生きなければならないのだ。私は・・・このつまらなく、無のような生のすべて賭けてでも、守りたいのだ、君の明日を――
はたして、この手に残されたものは何だろう・・・それはかけがえのない“信実”ではないのだろうか。
私と一緒に自分の命を犠牲にして、平和のために殉死するのは一向に構わない。だが、それでは、残された者たちの悲しみは一生消えることはない。愛する者がいる限り、それは自滅なのだ。愛する者のために生きてくれ、ジャローダ。愛が未来を紡ぐ。その意味がここにあるのだと私は確信した。生きて、君たちの目指す未来を成し遂げるのだ。私はそのための捨て石となろう。

「さらばだ。美しき、たった一人の友よ・・・」

そっと腰に伸ばした手を用いて彼女を深い穴倉に落とした。突然の事だったので、抵抗はなかった。「少佐あ!」と叫ぶ彼女に私は首を振ってグレネードの安全ピンを引っ張り、床に落として、部屋を出た。数秒ののちに、辺りは轟音に包まれて瓦礫が穴倉を塞いだ。ちゃんと塞がっているのを確認してから、私は満足げに何度も頷いた。


・・・さて、もういいだろう。準備はできたぞ、死神たちよ。では、死に赴くか。

Re: Nighty night !! ( No.199 )
日時: 2016/01/22 22:21:21
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q


 教会の地下奥深くにその研究室はあった。ここは“元”地下墓地で、ランクルスが改装し、彼らの研究の一大拠点となっていた。
持てるだけの貴重な資料をカバンに詰め込みながら、一人残された彼はいろんなことを考えていた。

「こんなところで・・・終わりか?“終わりなのか”?
・・・いや、違う!“終わらせてたまるものか”!私が大佐の意志を受け継ぐのだ。この資料さえあればいい、これさえ保たれれば、何度だって我々は復活するのだ。この科学という名の武器で、この科学という名の最強の力で、あのろくでなしの戦争狂のヤツらどもに一泡吹かせてやる!」

誰もいない研究室の中で彼は自分を鼓舞するかのようにそう叫んだ。

「フフッ・・・フフハハハッ。この期に及んで、まだそんな“大それた”冗談が、その“小さな”お口から出るとはなァ。ドクター・ランクルス?身の程というものをいい加減知ったらどうだ。」

突然、背後から疲れ切った笑い声が聞えた。驚いた彼は振り返り、「誰だ!?」と暗い廊下に向かって叫んだ。精神的にも追いつめられていたその語勢は少し震えていた。

「・・・ガブリアス!?貴様、なぜここにいるのだ!?」

ゆっくりと歩み寄るその姿はガブリアスだった。大佐が死んだことにより、その姿は元のガブリアスに戻っている。さらに右腕の半分も失っており、痛々しい傷口からこぼれ出た鮮血がポタポタと床を汚している。

「幕引きを“彼ら”に任された。このヴァカ芝居も、ここで終いだ。お終いにするんだ。客も、もう見飽きている塩梅だろう・・・ほら、耳を澄ませて聴いてみろ。聞えるじゃないか、三文芝居に飽きた客たちが座席から立ち去る音が・・・」

ガブリアスはそうつぶやきながら、オリーブ色の軍服を脱ぐ。そこには“反旗の意”が込められていた。
取られたのか、それとも単純に色が黒から白へ変わったのか。いや、そんなことはどうだっていい、もうヤツは我々の手駒ではないのだ・・・ランクルスはそう思った。

「ふ、ふざけるな!まだ終わらないぞ、この戦争は!!ソ連は、二年以上は戦える。貴様らドイツ人はいずれ我々にひれ伏すのだ、政治的にも軍事的にも――意志と目的がある限り、それは負けとは言わないのだ!私には大佐が残した・・・」

彼は何よりもあの大佐に忠実なのだろう。だがそれは、無知ゆえにだからだ。脳みその大部分が塩基式に追いやられてしまって、考える力を見事に失っている。あの大佐の一番近くにいながら、ヤツの何も分かっていないとは・・・これは何の冗談だ。どうやら、このヴァカにはここで引導を渡してやらねばならないようだ。
地獄で惨い折檻を受けるのであろうランクルスを、ガブリアスは哀れに思った。

「音楽はやみ、そしてこの演劇の緞帳も降りたんだ。じきに朝日が上がる。夜の幕が下りたっていうのに、俺たちのような三流の役者がまだ舞台に立っているとは、なんとも滑稽な話だ。」

「うるさい!黙れ、このナチ崩れの敗北主義者めェ!お前は私が造った中で一番の出来損ないだ。クズだ、ただの“ゴミ”だ!」

「最高の褒め言葉だ、ドクター・ランクルス。ありがたく頂戴するとしよう。」

ガブリアスがクスリと笑いながら答える。・・・その通り、俺はゴミだ。裏切り者のゴミクズだ。友人や恩師を歯牙にかけて、食い殺そうとした人食いザメだ。

「ゴミクズの貴様が私を愚弄するつもりかァア!」

怒りに身を任せ、ランクルスは気合い玉を放ったが、実戦から長く退いていたのだろう、弾は明後日の方向へ向かった。それを見つめながらガブリアスは距離を詰める、その身体に残されたすべての力を振り絞って・・・

「生きながらえて、“卑怯者”になるよりも・・・“兵士”だったまま死ぬ方がずっといい。死ぬ時に死ななければ、人やポケモンはどこまでも堕落していくんだ。」

十分に距離を詰め、そして、ガブリアスのドラゴンクローの一撃。ランクルスは急所を庇った左腕を吹き飛ばされて、地面に倒れた。

「うぅっ・・・うぐぅああ!嫌だぁ、嫌だぁ!死にたくない!死にたくなんかない!!生きる“本能”が悪いはずないじゃないか・・・ないじゃないか・・・!くッそぉおお!!」

鮮血を床一面にぶちまけて、痛みに身を捩らせながら、回復の薬が入っている薬箱に向かってよろよろと這いずるランクルスに、彼はとどめをさそうとしたが、その身体にはもう余力はなかった。
――ダメだ、まだヤツを殺していない。俺の何もかもを奪ったヤツらの何もかもを、俺は奪い返すんだ!――
附近に転がっていたピーピーエイドを噛み潰し、ガブリアスは地面を勢いよく叩きつけ、地震を起こした。最後の力を振り絞ったのか、その威力はすさまじく、室内はまるで遊覧船のように激しく揺すぶられ、多くの機材と資料がグラグラと倒れて行った。

「ぎゃおああああああああああああああああああああ!!!!」

倒れた重い鉄製の書棚に身体を押し潰されて、ランクルスは絶命した。その様子を見て、ガブリアスは満足そうにコソっと何かをつぶやいた。
身体から急に力が抜け、血まみれの手術台の隣に彼は酔垂れた。支配し始める疲労感を抑えるために、ブルブルと震える手で胸ポケットから煙草を取り出して、炎の牙で火をつける。コイツが最後の一服になる。フッ・・・ヴァカに美味いな、畜生。苦笑しながら天を見上げた。黄ばんだ壁が目に映る。

「・・・花束も燈明も、訪問者も絶対に来ないカタコンベ(=地下墓所)で終局を踊る・・・か。そうだな、音楽は“コサック”じゃなくて“ワルツ”がいい。
暗い地の底で、俺は一人ぼっちで死ぬのか?・・・フフ、神様も皮肉だ。裏切り者にふさわしい死をくださるとは。感謝しよう。
ああ、シュバイネルゥ・・・最後だけでも・・・最後だけも、勝ちたかったな、オノノクスに・・・」

床が、壁が、薄汚い研究の成果が、そして、彼の意識(=世界)が――何かもが、燃えてなくなっていく・・・
降り注ぐ炎と埃にまみれながら、ガブリアスは遠のいていく意識に必死に抵抗していた。甘えてはならないのだ。これが俺の罰だ、これが俺の末路なのだ。しっかりと腰を据えて、見通さなければならない。一片の抵抗をもせずに押しやられてはいけないのだ。

「すまん・・・サザンドラに怒られそうだが、俺も先に逝っているよ。許してくれなんか言わない、ただ・・・“俺たち”の分までちゃんと生きろよ、オノノクス。それがお前の使命――
・・・その時、もろくなった教会の土台は完全に体をなくし、建物は倒壊を迎えた。

Re: C'mon, yeah !! ( No.200 )
日時: 2016/01/22 22:22:44
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:3WgoAG6Q

 
 徐々に重くなっていく身体に対して、私は鞭を打ち続け、永遠と伸び続ける螺旋階段を一歩ずつ、ゆっくりと登りながら、教会の屋上を目指していた。
耳を済ませれば、“スターリンのパイプオルガン”とあだ名されている自走式多連ロケット砲――カチューシャの、あの独特の発射音が聞え、その喧しさに眉をひそめた。死神が近づいてくる。あと十五分もあれば十分だろう、急がねば。

屋上まではもうすぐだ、頑張るのだ・・・前方に籠れる光を見上げながら、最後の気力を振り絞る。どうせ死ぬのなら、朝日でも拝んでから死にたいものだ。まるでこれは幼少期の遠足のようだな。死に場所というのを人はあたかも意志的に選び取れる余力を、潜在的に秘めているのだろうか。

今日明日、自分が死ぬと分かっていても、“今”からやり直してはいけないなどと、誰が決めたのか?神か、悪魔か。それとも、もっと身近な諦めという感情か?どれだけ深い絶望やどん底の中にいようがいまいが、確かに一発逆転ができるように、取り返しがきく人生などはない。そんなに甘くない。すべては今までの結果である。私が疎かにしていた時間は、その利子を多く付けながら不幸という形で跳ね返ってくる。
・・・しかし、まだだ、まだまだ、これからじゃないか。取り返しはつかないが、最大限の努力はするべきなのだ。きっとそれは、残された彼らのために。

彼らとの出会いは、私が大きく成熟する場所であった。哲学や小説に溺れて、書物に傍点をほどこしては、“この世界”をより良く理解して生きて行こうとしていた私の小癪な夢想を、一挙に破ってくれた。
哲学や文学などに意味はない、そんなものをこの怪異なる現実に応用できるはずがない。確かに良い切れ味だ、刺激するものがある。まあ、それは頭に来る雑酒のようなもので、安かったと思っても、あとでウンと後悔するのだ。
原理などない、あるのは事態だけだ。法則なぞない、あるのは状況だけだ。
おおよそのモノが分かるほど、不思議なことはないのではないか。分かるということに何か罠が仕掛けられているのか、それとも、分かるということには、今、登ってきた螺旋階段のように、無数の、無限に伸びる階段があるのだろうか――人は人からその生を学ぶのだ。「人生とは実に退屈である。」とボードレールもいうし、クルップ社の平社員も同じことをいう。

バッ!と勢いよく屋上につながる扉を開けた。視界いっぱいに広がるのはロシアの永久凍土――地上へと上がる、燃えるような朝日の切片を浴び、キラキラと光っている。
青く薄らぐ眼をした朝が、しかめっ面の夜を叱って追い払い、微笑みながら、東の雲たちを透明な光の筋で染め始めた。
瞼を貫く眩い光、手に触れた冷たい空気、頬を撫でる鋭い刃のような風。この身体がこの環境に必死に抵抗しようとしている。


これが私が死のうとした夜の終わり・・・なのか?ほう・・・なんと、美しい朝焼けなのであろうか!!
――何の感情もないところから、一つの感情が零れ出てくる。ほとんど虚無に似たこの雄大なる荒野の彼方に、“何か”があった。私が追い求めてやまなかった“何か”が確かにそこにあった――


明日 また明日 そしてまた明日と 時間は とぼとぼと毎日歩みを刻んでいく

ついには歴史の最後の一瞬にたどり着くであろう

昨日という日はすべて過去という無の道を照らしているに過ぎない

・・・消えろ 消えろ 慰めの灯火よ!

人生はランダムマッチ 人やポケモンは皆 運と偶然に左右される哀れな役者に過ぎない

出番の間は大見得切って騒ぎ立てるが そのあとはばったりと沙汰止み 音も消える

つまりは舞台 その上では誰しも それぞれの役を演じなくてはならない 王もいれば 従者や市民 そして狂人もいる

私の役どころは そうだな・・・――

その時、寒空を覆い尽くす飛行タイプのポケモンの一群が雲の隙間からその姿を現した。皆、オリーブ色のソ連軍の軍服を着ている。
すぐさま、鹵獲した拳銃で狙いを定めて迎え撃つが、フロントとリアの関係が劣悪、そして距離が離れすぎているのとが相まって、全くと言っていいほど当たらない。クソ、これだからロシア製の銃は信用おけないのだ。

しかし、幸運なことに一発当たったのか、指揮を執っていた“一匹のトレーナー”が隊列から乱れ、そしてパラシュートを開きながら地上へと落ちて行った。流れ弾がどこかにあたったのだろう。もしくは体調不良か。
私の煽りに答えるかのように、向こうもようやく撃ち返してきた。十分に距離を取り、隊列をT字に組み直して、照準を私に向ける。


・・・よしよし、良い子たちだ、その調子だ。しっかりと構えろ、新兵に殺されるなんて最悪もいいところだ。


しくじるな、標的は決して動かんぞ。前を見ろ。見据えろ。頭を狙え、一撃で殺すのだ。


さあ、私を殺しに来たのだろう。さっさと撃てよ、この臆病者!お前の目の前にいるのはただの男だ、ただの少佐だ!


「セェイン(=狙え)、プリエトゥ(=撃て)!!」・・・その掛け声に合わせて、寒空は暗がり、轟音を立てながら、おびただしい数の流星群が真っ直ぐと私に向かって降り注いだ。

陽光に照らされる寒空をバックに降り注ぐ流星群は、他の何よりも美しく、そして身震いするほど、全身の毛穴が縮こまりそうなほど、強力だ。
眼を閉じて覚悟を決める。なるほど、これが私の運命か――よろしい!最大限に活用させてもらったぞ!神よ、貴様はただの――

「“流星群”・・・か!
そいつは素敵だ。大好きだアアァァ!!」





そうか、そうか――人生とは、老人たちが言うほど良くもなく、若者たちが憂うほど悪くもないものだ――フフッ・・・実に満足だ。もったいない程、本当に“十分すぎるではないか”。





尋常ではない速さで迫りくる流星群が私の目に映る。私は床に腰を掛け、タバコを手に取った。火が付くまで、持ってくれればそれで良い。

Re: 嵐の後に ( No.201 )
日時: 2016/02/03 22:22:22
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:9tWW0ep2

1943年9月27日 西部戦線へと配属替えになったローゼンベルク大隊は飛行場へと向かう道中に、あらかじめ情報を掴み、付近に展開していたソ連軍の督戦部隊 アクーラ旅団の奇襲に遭遇し、やむなく交戦。指揮官 少佐と多くの古参の兵士たちを失いながらも、同旅団を壊滅させる。奇妙なことにロシア南西部の廃墟と化した教会で、両軍の指揮官とみられる焼け焦げた死体が二つ発見されたという。
指揮官と戦力を失ったローゼンベルク大隊は、西部戦線へと移され、傷病者の治癒、部隊の補充、新兵の教練に従事し、翌年、同じく東部戦線から西部戦線へと配属替えとなったヴェーラーハインド大隊と合流。部隊名を『ヴェーラーハインド 教導化師団』と改め、ノルマンディー上陸作戦、ヴォレル・ボカージュの戦い、ラインの守り作戦などに従軍し、1945年2月に連合軍の捕虜となる。これは師団長 オーデル・ラングカイト大佐の配慮であり、「―略―もはや戦局に二分の勝ち目もない、これ以上部下を犬死させればあの世であいつに合わせる顔がない。」と降伏した同日の日記にそう書かれている。

ドイツ第三帝国が連合軍に無条件降伏をしたのは、その約2か月後の5月8日。

その3か月後、孤軍奮闘する極東の同盟国である大日本帝国の神州に人類史上初めて核の光が炸裂し、約1週間の後、帝国はポツダム宣言を受諾。米国の戦艦 ミズーリの艦上で“降伏”の二文字が調印され、未曽有の大戦は終結した。


約六年にわたり地球規模で展開されたこの大戦の犠牲者は、兵士だけをとってみても6000万人以上を超える。


――そして、今日、私たちはその数え切れぬ屍の上で繁栄を営んでいる――





――1968年 西ドイツ バイエルン


「・・・ねぇねぇ、それでどうなったの?“少佐”さんっていう人は?」

私の膝の上に座っているシャルンが、上目遣いで無邪気にそう問いかけてくる。


1945年 6年余りに続いた戦争が終わってから、私はドリュウズと結婚した。長い夫婦生活の中で息子を一人、授かった。
ドリュウズの家族は皆、連合軍の空襲で亡くなっていたらしく、婿養子という形で私の家を継いでくれた。私にはそれで十分だった。

コジョンドは地元に住む良い人と結婚して、一男一女に恵まれた。やがてその子たちも大人になり、私の息子とコジョンドの娘が結婚してできたのが、シャルンだ。私たちは忙しい彼女の両親に代わって良く彼女の面倒を見ている。目がクリッとして、とても可愛らしい。愛嬌の良さは恐らく、コジョンド譲りなのであろう。

オノノクスは戦後も軍にとどまり、クチート中隊に所属していたミロカロスと結婚して、四男三女をもうけた。そして今も軍服を着て、バイエルンの訓練所で、少佐の後を継ぎ新兵たちのケツを叩いている。

そして今、私はドリュウズの手を借りて広げた農場の運営をしながら静かな余生をおくっている。

ベルリンが陥落し、国土が焼け野原になり、何もかもが灰色になった時、私たちを支配したのは、米軍でも、ソ連軍でもなく、“人間(=ポケモン)であることの恥”だった。
それは、ナチスの良き同伴者であった私たち(=国防軍)に対してではなく、大量殺戮を行ったSSと共に戦った私たちに対してでもなく、状況に妥協して、防ぐことが出来なかったことに対する“恥”だった。
アウシュヴィッツやヒロシマに言及することは、ドイツやアメリカに対する責任追及ではなく、全人類に対して“恥”を知らしめることに値する。これは起きてしまったことに対する私たちの無力さなのだ。
「本当の意味で後悔するためには、長い時間が必要だ。」――私は彼の言葉をたまに思い出す。彼は戦争の行方ではなく、その延長にある普遍的な愚かさをずっと見つめていたのだろうか。


祖国は戦争に無ざまに負けて、その責任のすべてをナチス(=過去)に擦り付け、復興と発展に勤しんだ。
若い子は戦争を経験した私たちを疎ましく、よそよそしく、そして避けているくせに、口を開けば政治家やフランクフルト学派のように「あの戦争は間違いだった」という。そして、金儲けや化粧に忙しくなった。

はたして、私たちは国を、文化を守ったのか、それとも守れなかったのか。・・・おそらく、答えは後者だろう。あの遠い荒野に眠る戦友たちは、こんなロシアの夜よりも冷たい未来を望んで死んで逝ったのか。
私たちには今のドイツが見えない。生末を直視することが出来ない。視力を失ったのか、それとも光が足りないのか。
物と金だけが溢れ続けて、何もないこの社会の中で、私たちはすっかりと居場所を失ってしまった。

でも・・・私たちは生きなくてはならない。生は責任なのだ。逝ってしまった、助けられなかった死者のために、私たちは必死に、しっかりと毎日を生きている。生かされている。



「彼はね、シャルン。少佐は・・・おばあちゃんや大切な戦友たちの未来を・・・そう、あなたを守ってくれたのよ。」

私はゆっくりとそういって、眼を伏せ、紅茶を一口啜った。ひどく、ぬるかった。

――彼は私たちの未来を守ってくれた。けれども、私たちは彼を守ることが出来なかった。その後悔の念だけがずっと私の胸を支配していた。

Re: 受け継がれること ( No.202 )
日時: 2016/02/03 22:22:54
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:9tWW0ep2

 あるところに戦争があった。かのところでは戦争がまだ飽きずに続けられている。

戦争は、書き物や映画、ニュースのネタになって、言葉や映写機、電波を通して私たちはそれを知る。

心を揺すぶられて、感動し、憧れさえもする。ありのままを写せば、どんなシーンでも美しい。


しかし、それは戦争ではない――ただの“ロマン”だ。


戦争は美しくなんかない。あなたを待ち構え、あなたの目に広がっているのはいっぱいの“地獄”だ。
地獄でもキャンパスに描けば多少は美しくあるのだろう。描いている本人も美しいと思っているから描いている――それはまるで人生と同じように。


本当の戦争を伝えたい。だから私はこうして孫娘にあの戦争を語った。幼い彼女には少し難しかったのかもしれない。でも、話さないわけにはいかなかった。私たちがあの人と一緒に戦い、過ごしたほんの、たったの半年の出来事を、私は彼女に託した。私が明日、朽ちようとも、彼女がそれを覚えていてくれる。受け継がれていくことの意味がここにあるのだと信じて。

歴史は繰り返す、絶えず反復する。しかしそれは人類への愚かさに対してである。この子が大人になった時にようやくその意味が姿を現すのだろう。その時に、彼女が何かを考えるための武器として、この話を何かしらの形で使ってくれればそれでいい。



今日もまた一つ、幼い芽が地上へと顔を出す。

太陽の温かい光をいっぱい浴びて、その身体を徐々に大きくする。

青空はゆっくりと流れ、やがて陽光は落ち、辺りは静かな夕闇に染まり、一日が終わる。

生い茂る森や、草木の緑は季節に合った色へと変わりゆく。

光の射す方へと伸びる木々は、きっとその意味を考えないのだろう。

本人たちには理由なんて必要ない。でも生かされているからには、必ずその理由がある。

人以外、その存在しない目的に囚われることはなく、一途に生き、そして次の世代へとその願いを託し、やがて無となる。



・・・しかし、よくよく考えてみれば私たちもその自然の一部だ。
生きるということは自然と同じように毎日変わっていくということ――ずっと同じ道を、生は歩めそうで歩めない。自然がそれを証明している。単純ではなく複雑なのだ。この恐ろしい眠りに終わりはないのだろうか。私たちは、根源的に夢と同じようなもので織りなされているような気がする、それはきっと時間の中に生きるということにおいて。

「シャルン、午後からおばあちゃんのお願いを一つ、聞いてくれないかしら?」

「うん、いいよ。なあに?」

「彼に会いに行きましょうか。おばあちゃん一人だと、ちょっと気詰まりなの。」

Re: エピローグ ( No.203 )
日時: 2016/02/13 13:42:00
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:8hZ48irY

一面には灰色の墓石と緑の芝生、そして漂う冷たい空気を極限まで張り詰めさせたかのような静けさ。中央の広場には、ナチスの鉤十字ではない三色の国旗が掲げられている。

――そのバイエルンの軍人墓地に、私がかつて愛した人は眠っていた。


「少佐、今日は夫と可愛い孫を連れてきましたよ。」

ドリュウズとシャルンを背に私は彼の墓石に語り掛けた。そこには遺骨も遺品も、何も埋められていない空っぽな場所。けれども、ここに彼は眠っているのだ。
彼に信仰心が一片もないことは、長いような短いような付き合いで十分承知している。だから、故人の遺志に沿い、“十字架”ではなく、彼が愛読していたある本の“一節”を墓に掘った。

シャルンは午前中に庭で丁寧に織ったクローバーの輪を墓前に供えた。「少佐さんに守ってくれたお礼をするんだ」とか。本当にもったいない程、よくできた子だ。

「ねぇねぇ、おじいちゃん。これってなんて書いてあるの?」

シャルンがドリュウズの農着の裾を引っ張りながら、墓石に書かれた難しい言葉の列を、その小さな指でつついている。ラテン語で書かれてあるので、ドリュウズは「いんやー、おじいちゃんには良くわからないことだよ。おばあちゃんに聞きなさい、シャルン」と、彼女の頭を優しく撫でて、困った表情を浮かべて私の方を見た。
私はシャルンを抱きかかえて自分の広い膝の上に置き、かがみ込み、文字に手をあてて、ゆっくりとドイツ語に翻訳しながら読んだ。

「『――されど、かの王座や神殿はいずこ

ネクタルを満たせし杯、神々を悦ばせし歌声はいずこ

たがうことなき託宣の言葉はそもいずこ

デルフォイはまどろみ、大いなる命運はいずこにとどろくや――』
どういう意味か、分かるかしら?シャルン。もし、当てたら、そうねぇ・・・ヘレーナさんのところのチョコレート・ケーキを買って帰りましょうか。」

私がそういうとシャルンは目を輝かせ、その小さな頭を一生懸命にひねってうーん、うーんと考え始めた。その様子を見て、思わずドリュウズと一緒に苦笑する。もし、少佐がこの場にいて自分とそっくりな考え方をする少女を見たら、何をいうのだろう?哲学者や文学者にでもするつもりなのだろうか。
「何事も深く考える必要がある。何でもかんでもお遊びで誤魔化し続ければ、いつの日か、手におえないほどの大やけどをするぞ。」・・・ふと彼の言葉が脳裏をよぎった。

「うぅー、わかんないよ。おばあちゃん・・・でも、何だか不思議な感じがする詩だよね。なんだか、“時間”を探しているような、そんな気がするの・・・どう?当たり?そうでしょ!」

しばらくして、シャルンは恐るべき答えを口にした。私は驚いた。えぇ!?何で分かったの!?五歳の子供が分かるような内容ではないのに。

「・・・見事だ、お嬢ちゃん。
ヘルダーリンの詩句、『パンと葡萄酒』の第四連からの一節か。石英のように透き通るほどの美しい文章だ。そう、“意味”が反射して跳ね返ってくるのだ、読もうとする者に呼応してね。眠っている方も、さぞ満足していらっしゃるのだろうな。」

突然、背後から声がして私たちは振り返った。そこには初老の男性が立っており、身なりは良く、高そうなハンチングを被り、のりで乾かしたばかりであろう、真っ白なYシャツとネイビー色のVネックのセーターを着て杖をついていた。そして、右腕がだらしなくブランとしていて、身体的な障害を抱えているようだった。
また表情に視線を移せば、夕暮れの逆光の影響もあるのだろう、すこし土色に荒んでいて体調は滅法優れていなさそうに見えたが、眼が恐ろしく鋭く、憂鬱そうな光を宿していた。
初めて会う人・・・なのか?あの力強い言葉遣いといい、あのしかめた表情といい、どこか懐かしい面影がある。

「かつては栄えたはずの都市や神殿・・・朽ち果ててしまった廃墟を前にする時、人は感傷的な気分にしばしば襲われる。それはなぜだろうか。行ってしまった、失った時間が大きすぎるのか、それとも、人は偉大なる時間(=歴史)の流れから逃れられないのだろうか。
まあ、答えは古代ギリシャの聖地デルフォイでその詩を歌ったヘルダーリンの心意に任せよう。勿論、詩を解釈するのは何も悪い事ではない。」

「あ、あなたは?」

私は戸惑いながら尋ねた。シャルンは物知りなおじいさんに、その小さな身体に詰まった大きな好奇心からか、チラチラと大きな目を向けていた。

「フフッ、軍服をはぎ取られて落ちぶれた、しがない老兵ですよ。私もあの大戦時には、あなた方と同じ、東部戦線にて従事しておりました。
ところで・・・ローゼンベルク大隊の隊員さんですよね?お噂はかねがね、ロシアでは私はあなたたちに何度も救われた。本当にありがとう。」

そういって老人は私の手を握って何度も頭を下げた。元軍人らしからぬ弱々しい手の力、そして普通の人よりも少し低い体温。この感触・・・見覚えがある。

「父さーんん!もうっ探しましたよ!!」

遠くの方から、西ドイツ連邦陸軍のフィールド・シャツを着た青年が手を振りながら走ってきた。そして、近くまで来て、その姿が露わになった時、私は声に出して驚いた。

「しょ・・・少佐ァ!?」

その青年は“少佐”だった。若干、幼さが残るものの、顔立ちは25年以上も前に見た、初めて大隊の司令部で見た彼そのものだった。隣にいたドリュウズも私の様子を察して青年を見るなり、私と同じように口をあんぐりと開けて驚いていた。

「“少佐”?いやはや、とんでもない。まだ陸大を卒業したばかりの出来たてホヤホヤの“少尉”ですよ。ほらっ!」

と言って、彼は笑いながら肩に光るピカピカの階級章を指さした。

「こんにちは〜初めまして。ヴィルヘルムと申します。
おや、可愛いツタージャちゃんですね。フフッ、この娘はきっと、将来はご婦人に似て美人になりますよ。百マルクかけてもいいな、ハハッ。」

青年はそう笑いかけ、シャルンの頭を優しく撫でた。シャルンは照れながら、青年のブーツに抱き付き、「じゃあ、将校さんはあたしが大人になったら、お嫁さんにしてくれる?」と上目遣いで聞いた。青年はちょっと困った表情になりながら、「私で良ければ大歓迎だよ。でもその前に、君はいっぱい勉強をして、士官学校に入学してから優秀な成績で卒業して、私の副官になって仕えてくれないかな?いつまでも待っているよ、フロイライン。」とこたえた。シャルンは頷き、二人は不釣り合いなゆびきりげんまんを交わした。


――そういえば、この子は私とコジョンドの血を受け継いでいるのだ。遺伝子に”導かれる”のも無理はない。フフッ、やっぱり血は争えないのか。私は苦笑しながらそう思った。初老の男性も同じように意味深長に笑っていた。


今までは過去、現在、未来というのは、互いにバラバラに交錯しているのだと思っていた。けれども、それは大間違い。今こうして、三つの時間軸が直線に並んだ。それは”奇跡”と呼ぶに他ならない。
離れていた手がつながってくる・・・あの日、あの時、あなたと出会った意味が決して偶然ではなかったんだのだと、今更ながらに目覚めた。何気ない小さな出会いさえも、教えてくれるのだ、その大きな言葉を。目の前に写るすべてに意味がある――つぼみが気づかぬうちに花開くように、意味は分かるものだ。

「それにしても父さん、本当にあのお墓のことが好きなんですね。毎回ここに来ると、あそこに突っ立ってボーとしていますよ。
大事な戦友でも眠っているんですか?」

クスリと老人は微笑み、首を横に振って、「いや、忘れられない大切な思い出が眠っているのだよ。」と返した。そのこたえを聞いて、息子は怪訝な表情を浮かべている。それもそうだ。“彼”と私たちにしか分からないことなのだから。

「さてそろそろ、戻ろうか。陽もだいぶ傾いてきた。直に暗くなる。それに、これ以上長居しては母さんに怒られそうだな・・・それではごきげんよう。」

初老の男性はハンチングの深々と下げ、礼をしてから去っていった。青年もそれに続き、後を追った。シャルンはバイバイ〜と無邪気に手を振っており、青年も笑顔でそれに応えた。
辺りには夕闇が染まりつつある。一日をこうして何度も何度も繰り返し、人はそれに差異を見出して、見出そうとして今に回帰し、生きている。やがて人はそれを終わりの意味に帰結するのであろう。それが”生”というもの、そのものなのだから。

「諸君!!」

突然、彼は後ろを向きながら私たちに声をかけてきた。その声色は、朝礼や作戦のブリーフィングの時に何度も聞いたあのセリフ――それはロシアの荒野に響くように、静かな墓地に木霊するように響いた。私とドリュウズは思わず、反射的に背筋をまっすぐと伸ばして身を固まらせた。

「“栄誉”に軍服はいらないぞ!」

その瞬間、私は“あの人”の背が、風にはためく国旗と重なって見えた。


――END――
Re: ちょっと早いあとがき ( No.204 )
日時: 2016/10/06 23:48:00
名前: 少佐◆PmkXtdTtWWM ID:n52B6Fg.

 「物語を書き始める」という行為に対して「書き終える」という行為にはあまり脚光が当たっていないと思う。シェイクスピアなら「もっとスポットライトを!」とでも叫びそうだが。

 「現実に近い物語ほど、終わらせ方のほうに困る」――『アメリカンスナイパー』や『硫黄島からの手紙』などの傑作戦争映画のメガフォンを取ったクリント・イーストウッド監督の有名な至言であるが、それもそうである。現実には決して終わりがないのだから、物語の上で終わらせるときには、その違和感を法螺で注意深く塗りつぶす作業のような行為が必要であると信じているし、そのために手を必要以上に余らせてしまう。子供の頃なら『はい、さて、めでたし!めでたし!』とでもできるが、もっとカッコいい終わり方というものがないのかと、大それた身の程知らずの欲をかき、結局宙ぶらりんのままいくつもの眠れぬ夜を越える。

 小説(=物語)を書くというのは、本当はそのように難しいものを念頭において下される行為なのだ。二スレも三スレも乱立させて、易々と終えられるものでは決してない。また、世にある、ありとあらゆる物語の中を渡り歩き、自身がこうしてラスト・シーン、エンディング・クレジットを飾るというのは、大変に幸せな瞬間である。この一秒、この刹那のために人は物語を書くのであろう。書くことが引き起こすのは、(身を持って断言してもいい)99%、苦しみや悲しみ、持病の悪化などであるが、残りの1%――それは何事にも代えられない“快感”が確かに存在している。その”快感”に病みつきになってしまった狂人の事を、世の人は“小説家”と呼ぶ。断っておくが、私は小説家ではない。しがない“三文ライター”である。
また今夜で私の不眠の夜は終わりを迎える(≒のだろう:希望観測)。この解放感と言ったら、どう表現したら良いのだろうか・・・?小説家や物書きが「これは言葉で表現できない」と不信を示すことはあってはならないと思うのだが、またその実、言葉の綾に囚われすぎるのもまた愚かではないだろうか。できるなら狂気の方も何とかなってほしいものである。


――本小説の執筆と完成にあたっては、たくさんの方々に御協力をいただいた――


 まず、この小説板含め、ポケモン王国というサイトの管理人さんへ。私のポケモンの内容を激しく逸脱して支離滅裂で、もはや常軌を逸しているような滅茶苦茶な書き物を、優しい無関心でいつまでも許容してくれて、どうもありがとう。「こんなもの、ポケモン小説ではない!」と忠告されれば、小官はいつでも筆を置く準備をしておりました。

 次に、私にポケモン・バトルの神髄を教えてくれたさばねこさん――本編に登場しているムクホ三人衆をはじめ、大佐の手持ちのネタもくださって本当に感謝しきれない。またこの小説は、貴官と出会わなければそれに連関した出会いの数々に影響を受けることはなく、たいした内容になってませんでした。この小説は貴官との友情に捧げたい。

 小説板にいた初期の頃、多くの有益な示唆と薫陶を抱いたのは、絶対零度先生と、ともさんの両名である。師の恩にはこの小説の完結で報いたい。また、ともさんにはマンネリ化していた頃の私に興味深いネタをくださり、救って頂いた。

 緑茶さんには、ピクシブ用の表紙を描いてもらったり、また小説以外にも学ぶことが多く、彼の物語は私の良い思考の鞭打ちとなった。また、いろんなことに絶望していた私に対して、彼が投下してくれたコメントには、思わず涙が出た。あの時の涙を私は絶対に忘れない、本当にありがとう。

 エシュロンこと、文身さんには私の拙い原稿のゲラチェックを行ってもらい、文章の整合性は彼以前と以降ではまったく異なっていると思う。また本編でも重要な活躍をしてくれ、ずいぶんと助けられた。ありがとう、愛しているよ、ベイビー・・・チュッ!
 チーム『ランフリ勢』最強のしゅんさんには、私の浅はかなバトル知識を相当鍛えてもらい、本編や諸々の短編・中編・長編における戦闘描写に非常に役立ちました。ありがとうございます。

 第五世代と第六世代の中間、私は一度、ゲームの舞台を降りようとしていたが、チャットで弥生さんことやーさんが(小声:チャカをぶん回しながら)、第六世代を買うことを促してくれた。おかげでニャオニクスや現在の環境の趣を感じることが出来た。本当にあの時は内容が行き詰って何か新しい展開は出来ないものかと模索しておりまして、助かりました。ペコリ

 また、その第六世代が縁で親しくなったksksさんやミミ(ロ)ルさんには多くのネタを頂戴。時折、断片的ながらも深い感想も頂いた。彼らの新鮮な声は私の心の糧となり、書き続けられる糧、立ち向かう気力に大きくつながった。

 深い暗闇をさまよい続ける私を照らしてくれた、最高の光である彼岸花さんの書評は、間違いなくこの小説の質と完成に大きく影響した。彼の鋭く、そして柔らかな書評なしにこの小説は語れないだろうし、また絶対に完走することはできなかった。完走とは感想に深くつながっているんですね・・・(だ、ダジャレじゃない!)
少女が女性に変わるが如く、あなたが、私を”アマチュア”な小説家から”今”の小説家にしてくれました。あなたから学んだことを、私は後生大事にして、忘れることはないでしょう。本当にありがとうございます。ケイレイ!

 まとめてしまって申し訳ないが、ランフリ勢の初期メンバーや現在のメンバー、私と対戦の刃を交えてくれた多くの諸君・・・いやはや、諸君とは呼べない、“仲間たち”にも感謝しきれない。彼らとの戦い(=交流)が無ければ、これほどまでに豊富なドラマは生まれなかった。

 最後に、本小説は諸君の温かい眼差しなしには決して完結しなかった。私のつまらぬ余興に付き合ってくれて、どうもありがとう。諸君と一緒に三年余りを過ごせて、小官は実に幸せ者である。諸君は私の最高の読者だ、そして財産だ。それを誇りに思う。


会える日を夢見て、しばしのお別れを。生きていましたら、またお会いしましょう。


少佐

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